花街界隈
大正時代に入ると、小倉公園は桜の名所 として県内で名が高くなり、多くの花見客 が集うようになった。園内には料亭小倉館 や朝日楼が建てられ、公園から「うだつの 上がる町並み」に延びる御嶽新道界隈には、 多くの料亭、小料理屋が軒を並べた。また、 大衆歌舞伎、剣劇等が上演された小倉座や 検番があり、花街が形成され、一時新富町 と呼ばれた時期もあった。
花街は、大正から戦前にかけて最盛期を迎え、その象徴として新民謡が製作された。作詞西 条八十、作曲中山晋平により「美濃町音頭」「美濃町小唄-ナントショ」の2 曲がつくられ、 戦後まで夏の夜の盆踊り歌として市民に親しまれた。

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