まちづくり津島海部津島郷土研究 第1号まちづくり津島2016.3
P.92-P.93 大正8年、津島町は池須蓮田の埋め立てに着手した。この内容は「尾陽新報」(大正8年11月10日)の記事に詳しい。 「津島町の一名勝地なる池須の蓮田も、『時勢の進運に伴い、幾時か埋立つべし』との議ありしが、愈々事実となり、今回、同町小島音三郎氏、各地主の承諾を求めて全部の埋立を為すに決し、地鎮祭を施行し、祝宴を開きたり。」 こうして、池須は埋め立てられ、大正10年以降、ここに市場・カフエ・食堂・芸妓置屋・映画館などが次々に建設された。大正末からは津島の一大歓楽街に発展し、戦後も長く繁栄を続けることとなる。

この文献を参照している記事

津島(料理屋跡)大正末から一大歓楽街に発展。