津島(料理屋跡)大正末から一大歓楽街に発展

今回は、津島(愛知県津島市)の町並みを散歩します。
津島は、江戸時代から「芸どころ津島」と評判だった花街で、昭和初期、津島町には池須を中心として24軒の芸妓置屋がありました。*1
当時、池須には蓮田と呼ばれる沼地がありましたが、都市計画において、埋め立てが必要との機運が高まり、大正8年に埋め立てが着手されました。埋め立て後、この地に、市場・カフエ・食堂・芸妓置屋・映画館などが次々に建設され、大正末からは津島の一大歓楽街に発展し、戦後も長く繁栄を続けました。*2
現在の「天王通1」交差点にあるマンション付近には、津島映画劇場がありました。*3

旅館紀乃昭、料理持高屋があったあたり。*3*4

この付近には、旅館二葉がありました。*3*4

この道の北側には、旅館竹廻家、料理明月がありました。*3*4

また、終戦後の池須町には、カフェー(いわゆる特殊飲食店)が散在的に営業し、「新天地」と呼ばれていました。*5

津島 津島花街 花街·花街跡
■参考文献
*1園田俊介: 津島 : 歴史写真集 第2輯 (津島市立図書,2013) 明治・大正・昭和前期の学校写真

江戸時代から「芸どころ津島」と評判であった津島の花街。

*2まちづくり津島: 海部津島郷土研究 第1号 (まちづくり津島,2016.3)

P.92-P.93 大正8年、津島町は池須蓮田の埋め立てに着手した。

*3公共施設地図航空: 津島市 全住宅案内地図帳1970 (公共施設地図航空,1970)

料理屋、券番事務所、旅館、の記載

*4津島商工会議所: 津島市商工名鑑 1963年版 (津島商工会議所,1963)

P.151 津島料理業組合(広告欄)

*5愛知県警察史編集委員会: 愛知県警察史 第3巻 (愛知県警察本部,1975)

P.392 第四九表 カフェー(いわゆる特殊飲食店)の営業地帯形成状況

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