三田鶴吉:立川飛行場物語(,1987)

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進駐軍の性処理問題については、GHQの要請によって立川パラダイスがあって旧日本陸軍の将校宿舎がそれに当てられ、その建物はやがて南口に移されてダンスホールとなり、跡地は学校になったということです。
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立川の東側の端にあったパラダイスが閉鎖されると兵隊達は羽衣町の特飲街へと流れ、戦前からの飲食店街までバーへと一変してやがて大型のキャバレーが富士見町に出現するのです。
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米軍の人種差別は立川を二分した格好にし、東の方は白人が、そして西立川寄りは黒人街にと変わりました。そして黒人専用のバーとして誕生したのが、西立川駅の入口にあった「玉川」でした。

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