佐世保市史編さん委員会:佐世保事典(佐世保市,2002)

花園遊廓
明治時代後期の佐世保には、遊廓といえば小佐世保(勝富)だけであった。一方、宮田町や太田町方面では、遊廓に属さない私娼が、飲食店を根城に客を誘い、風紀の乱れは目に余るものがあった。明治42年(1909)これらの私娼を1ヶ所にまとめる目的で、名切免(熊野、花園、名切町)に貸座敷の設置を許可し、この地に移転させた。これが「花園遊廓」である。開業当時の業者53、私娼100人程だったが、軍港の発展による人口増加に比例して、勝富遊廓を圧倒する勢いを見せた。その後も、海軍や佐世保経済の好、不況とともに盛衰を繰り返しながらも、昭和33年(1958)3月末まで存続した。

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