愛媛県教育委員会: *えひめ、昭和の街かど (愛媛県教育委員会,2010)生活を支えたあの店、あの仕事 : 平成から昭和へ、記憶でたどる原風景 (えひめ地域学調査報告書 ; 平成21年度)

P.112
仲之町
来島会館は、小高い山の上にありました。ここに戦前は一茶亭というわら屋根の旅館がありました。小林一茶が泊まったという言い伝えがあります。小高いところにあって、町や港を見渡すことができる旅館なので、船で波止浜に来た人や芸者さんと遊んだりする人がここに泊まったようです。昭和30年代の終わりには、来島どっくの寮の来島会館になっていました。
P.114
図表3-1-3 昭和40年ごろの波止浜の町並み
来島会館の記載。

P.111
波止浜の名は、江戸時代、町場を波止町、塩田を浜と呼んだことから、合わせて波止浜と呼ぶようになったという。明治13年、波止浜村となり、昭和30年に今治市となり現在に至っている。
江戸時代の波止浜は、製塩の町であったが、同時に瀬戸内海航路の潮待ち・風待ちの港町としても発展していた。明治後期から昭和戦前にかけて、帆船から汽船の時代になったことや今治港が整備されたことにより、港の機能をしだいに失った。

P.117
昭和30年代の終わりころには、波止浜の町の中心は本町通りでしたが、その後塩田跡が埋め立てられ、龍神社の南側一帯に、銀行や郵便局が立ち並び中心が移っていきました。
P.119
水を求めて
波止浜の町は埋め立てて造成された町であったから、住民を悩ませたのは、飲料水や生活用水を確保することであった。波止浜には、裕福な町人が造った井戸が町の山の手のあちこちに残っています。