山谷一郎 岬を駈ける女 はたもと出版 1992

網走遊廓 金松楼

P.24-P.25 網走遊廓は明治25年には既に紅灯をともしていた。当時の網走村の人口は、わずかに600人、その大半は先住民のアイヌ人であった。それが(遊廓ができることによって、)2年後には人口1700人に増えたのである。監獄という国家機関ができたことによって、先行き必ず発展するであろうという思惑もあって、遊廓もできたのであろう。 P.27 他に、刑期を終えて監獄から放免された者が、町に入って婦女子に対しの性犯罪を防止する、防波堤として認可されたという説もあった。事実、遊廓が出来て以後、此の町の性犯罪は皆無と言っていいほど少なくなった。

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網走(網走遊廓跡地)網走刑務所