佐々木勝: 日光街道千住宿民俗誌 (名著出版,1985) 宿場町の近代生活

P.210
見番横丁
見番は、佃屋という屋号で、石坂家が昭和18年まで代々やっていた。玄関には「千住芸妓組合千住支部」「全国芸妓組合千住支部」といった看板が掲げられていた。P.212
千住の芸者
人形町の芸者、神楽坂の芸者、新倍の芸者、柳橋の芸者とそれぞれ特徴があったが、千住の場合は宿場で江戸の外にあったので、ちょっと格が落ちるとされていた。芸者屋が一番盛んだったのは、大正末期から昭和の初期にかけてである。

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