富田英三新東京百景スポーツニッポン新聞社出版局1975
《高田馬場》一級騒音地
P.100-P.101 騒音地なればこそ繁盛する、飲み屋に焼き鳥、ラブホテル 国電山手線と並行して、その内側を走っている新宿発の西武線が、高田馬場の陸橋をわたると、すぐに、アウトカーブを描いて、国電をまたぎ外側に出る。幅二十メートル、奥行百メートルもない、日本刀の刃先みたいな形をした一画である。 柳小路・・・なんてしゃれた名の広告が出ているが、国電と西武戦の、ひっきりなしにとおる電車の騒音にはさまれた、土手の下のドブ小路である。 つい、7、8年前までは、まるっきりスラム同様だった、。一番奥まったところに、バラック小屋があって、そこで、アングラ芝居のはしりがかかっていた。片手に靴をもち、片手にコカコーラの瓶を握った客の前で、チンポコをリボンで結んだ役者が走りまわった。電車の轟音とスパークが効果をうけもってくれた。 そんな、変わった一画が、いつのまにやら、浅草千束をおもわせる料亭とバーの街に変身しているのだ。

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高田馬場(“湯の街”計画跡地)昭和25年、特飲街騒動。