豊川市教育委員会豊川の歴史散歩 新版豊川市

東林寺

飯盛女は、飯売女、食売女ともいい、宿場にいたいわゆる遊女である。その存在により宿泊客が集まり商売が繁盛するので、多くの旅籠で飯盛女を抱える慣習があった。その多くは、生計が苦しい家や年貢を納めることが固難な農家が金を借りるため、年季奉公に出した娘たちである。御油宿は遊興の宿場として知られ、多くの飯盛女がいたが、彼女らは非常に不遇な立場に置かれていた。東林寺の墓地の中央、土塀寄りの所に飯盛女の5つの墓がある。このうち4つは嘉永元(1848)年9月28日に、御油宿内の用水溜で自殺を図った飯盛女の墓であり、旅籠屋の抱え主が4人の菩提を弔い建てたものである。