富山市街の商店街の総曲輪(そうがわ)通りは、長さ約450mの商店街で、アーケードの両側には、商店、飲食店が並びます。
大正中頃から昭和にかけて、繁華街につきものの食堂やカフェーが開店し、総曲輪通りは賑わいを見せました。昭和4年には、県内のカフェーは200軒、女給は563人を数え、モガ・モボからやがてエロ・グロの時代へと移ろいましたが、昭和2桁になると軍国化の波に飲まれて、赤い灯青い灯りは街からひとつずつ消えていきました。*1
ウスイ時計店のあたりには、カフェー・ユニオンがあって、女給7~8人で、女のサービスよりもむしろ料理に重点を置いていました。*1*2
トラヤ帽子店があったあたりには、カフェー「万歳」は、3階建ての堂々とした店で、女給も10人以上いました。*1*2
【参考文献】
*1 堀江節子:総曲輪物語(桂書房,2006)P.2,P14-P15,P.72-P.73「昭和34年発行の富山・高岡市住宅詳細図より総曲輪付近」
*2 八尾正治,水間直二,山岸曙光:総曲輪懐古館(巧玄出版,1977)P.113-P.114
タグ: い生駒新地
説明いこま
ケーブルカーの宝山寺駅を下車するとカーブした道が続いています。ここから生駒新地に突入と思うと気持ちが高ぶってきます。
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「観光生駒(聖天通り)」のアーケードがあります。観光地らしい雰囲気です。
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観光案内図があります。もともと生駒新地は、宝山寺に参詣するために時間をかけて生駒山に登る必要があったことから、付近に旅館が発達したものです。宝山寺は「商売繁盛の聖天さん」として全国に知られる由緒正しいお寺です。
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「観光生駒、旅館ご案内」の案内板。14の旅館があります。
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