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藤沢(木造アーチの飲食街)老朽化が進んでいます。

今回は、藤沢(神奈川県藤沢市)の町並みを散歩します。
駅の北側。藤沢銀座通りから50mぐらい入ったところにある飲食街。

2006年に訪れたとき※1 と比べかなり荒廃が進んでいます。

店舗の内部は意外と綺麗です。

この飲食街の北側にはスナックが営業中です。

町田(仲見世飲食街)商店街とつながっています。

仲町商店街の入口のすぐ左隣りにある「仲見世飲食街」

スナックもあるようです。

飲食街の奥の洗い場。

反対側の入口。商店街とつながっています。

歌舞伎町(新宿センター街)思い出の抜け道。

今回は、歌舞伎町(東京都新宿区)の町並みを散歩します。
風林会館前に、現在も闇市の風情を残す横丁が残っています。*1※1
最近、「思い出の抜け道」と書かれたゲートができ、整備されたました。

少し奥へ進むと、以前の雰囲気が残っています。

南側の通路。

屋台のような店舗も健在です。

参考文献

*1 赤岩州五 新宿・渋谷・原宿盛り場の歴史散歩地図 草思社 2018
GHQの露店撤去命令とその後
P.72-P.73 尾津組は三光町(旧町名)の都電路線がわの一角(現・ゴールデン街)に、和田組は甲州街道沿い…

参考記事

※1 歌舞伎町(風林会館前)屋台が並ぶ狭い路地。2006-02-11

北千住(毎日通り飲食店街)L字型の飲食街。

宿場町通り(旧日光街道)をあるいていると右手に、「毎日通り飲食店」の看板が目に入ります。

居酒屋やスナックが連なる小路です。

近隣には高層ビルが建っていますが、奇跡的に昭和の姿を留めています。

小路はL字型になっていて、北側の道路に通じています。

五反田(壱番街)「遊楽街」の中心的飲食街。

五反田の歓楽街「遊楽街」の中で、唯一、通りの名が付けられている「一番街」。

1951年の住宅地図を見ると、飲食店や風俗店が道の両脇に連ねっており、この頃から歓楽街の中心街だったようです。

現在も飲食店が建ち並び、昼間の時間帯から人通りの多い通りです。

通りの北側の風俗店。

大井町(飲み屋横丁「東小路」)2本の小路を横に横断する通路。

大井町の東小路の飲み屋横丁。

2本の小路を横に横断する通路。

スナックもあります。

立ち飲み屋チェーンの晩杯屋。

大井町(東小路商店街)周囲は開発が進んでいます。

今回は、大井町の町並みを散歩します。

建物の側面。

隣が空き地になっている一画。

周囲は開発が進んでいます。

西荻窪(駅前の呑み屋街)ディープな一画。2階建ての木造家屋。

今回は、西荻窪(東京都杉並区)の町並みを散歩します。
JR西荻窪駅南口を下車し、すぐ西側。ディープな呑み屋街があります。

南側の通り。2階建ての木造家屋が連なっています。

北側の通りへ抜ける通路。

北側の通り。

栄(むつみ小路)飲み屋街

プリンセス大通りを南に入った左側にあるむつみ小路。
むつみ小路は、栄小路は、松竹小路(現在は消滅)とともに、戦後の街づくりに貢献しました。*1

奥まったあたりの建物。

夜は、飲み屋街として賑わいます。

むつみ小路の看板。

【参考文献】
*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:名古屋なつかしの商店街(風媒社,2014)P.74-P.75

蒲田(さかさ横丁)カラフルな飲食ビル。大女優。

蒲田東口中央通りの先にある歓楽街。カラフルな飲食ビルが建ち並びます。

小規模ですが、スナックや居酒屋が密集しています。

さかさ横丁と呼ばれているようです。

「大女優」。映画の町らしい店名です。

大森(山王小路飲食店街)大森駅前。入口の階段。

JR大森駅西口を出て、すぐに北へ曲がると「山王小路飲食店街」へ下る階段の入口があります。

「山王小路飲食店街」のゲート。

幅の狭い路地に、居酒屋がスナックが建ち並びます。

飲食店街の奥まったところ。

門前仲町(辰巳新道)昭和26年に作られた屋台街。

門前仲町2丁目にある辰巳新道。昭和の風情が残る飲み屋横丁です。

辰巳新道は、昭和26年に屋台を集め、一軒三坪が基本の長屋として作られ、当時は、花屋、菓子屋、紳士服テーラーなどもありました。*1

写真の「鳥信」は、辰巳新道の中でも古い店だそうです。*1

提灯。

長崎丸山(思案橋横丁)ネオンが煌めく通り。

今回は、長崎丸山(長崎県長崎市)の町並みと風俗を散歩します。
思案橋近くの思案橋横丁は、観光客も多い賑やかな通りです。

道の両側には、飲食店が建ち並んでいます。

1軒だけ風俗店があります。

ネオンが煌めく通りです。

荻窪(アサヒ通り)建物の裏側のトタン部分が見えます。

駅前の荻窪銀座の隣に、「アサヒ通り」と名づけられた通りがあります。

飲食店が建ち並んでいます。

ところどころ空き地があり、ちょっと寂しい感じです。

空き地になった場所からは、建物の裏側のトタン部分が見えます。

荻窪(荻窪銀座街)風情のある手書きの案内板。

今回は、荻窪(東京都杉並区)の町並みと風俗を散歩します。
JR荻窪駅の北口を出ですぐのところに、「荻窪銀座」商店街があります。
荻窪銀座商店街は戦後いち早く商店会を結成し、結成されたばかりの商店街は、バラック建てのマーケットでガスも水道もなく食する事も困難な時代でした。*1

入口には、風情のある手書きの案内板があります。店の屋号だけでなく、共同井戸や共同トイレの位置までが記されています。

居酒屋などが密集する味わいのある路地。

もう一本、隣の路地。

【参考URL】
*1 荻窪銀座商店街:公式ホームページ

浅草(初音小路)藤棚は瓢箪池の名残。長屋の飲み屋街。

凌雲閣(浅草十二階)があった時代、塔に登ると南東方向にはひょうたん池が見えました。現在のJAウィンズのあたりがひょうたんの頭で、六区交番あたりがひょうたんの胴にあたりました。頭と胴のあいだはくびれていて、そこに紐をかけるようにぎざぎざと橋が渡され、結び目のような浮島につながっていました。浮島には茶屋があって、島に渡された橋には藤棚がありました。*1

現在、ひょうたん池のあった場所は、初音小路と呼ばれる飲み屋街になっていています。

長屋に飲み屋が建ち並んでいます。

現在の初音小路の藤棚は、ひょうたん池があった頃の藤棚の名残です。*2

【参考文献】
*1 細馬宏通:浅草十二階(青土社,2001)P.38-P.40
*2 佐藤洋一,武揚堂編集部:あの日の浅草(武揚堂,2007)P.34

日本橋(八重洲の飲み屋街)八重洲のあの日。

建設中の八重洲一丁目のこの場所に、数年前まで料亭「安芸」*1 がありましたが、取り壊され新しいビルが建設中です。工事用フェンスに「八重洲一丁目飲食街」と書かれている通り、建設中のビルの裏手に飲み屋街があります。

看板が連なる飲み屋街。写真右側は工事用フェンスです。

工事用フェンスには、「八重洲のあの日」と題し、江戸時代から現在に至るまでのこの界隈の変遷が地図で示されています。

1950年頃の火災保険特殊地図。この地図によると、この付近は「中央ホテル別館」や料理屋が建ち並ぶ一画でした。

【参考文献】
*1 佐藤洋一,武揚堂編集部:あの日の日本橋(武揚堂,2007)「火災保険特殊地図」

大久保(彦左小路)場末酒場の面影はありません。

今回は、大久保(東京都新宿区)の町並みと風俗を散歩します。
彦左小路は歌舞伎町の北、職安通りを渡った線路沿いにあった二棟の長屋からなる飲み屋街でした。職安通りには、彦左小路の入口を示す看板の支柱が残されています。(写真左)*1

金網で囲われている彦左小路の跡地。場末酒場の面影はありません。

「おとめ荘」の看板が今も残されています。

このあたり一帯は、道路の拡幅工事が予定されています。

【参考文献】
*1 藤木TDC、イシワタフミアキ:昭和幻景(ミリオン出版,2009)P.74-P.75

中野(四十五番街)再開発前の解体された小路。

中野駅の北側。早稲田通り手前に「四十五番街」という飲食街があります。この飲食街の成立は昭和20年代末で、通りに屋台やバラック店舗が並んでいた時代でした。*1
現在、小路の大半は解体され、再開発を待つ状態です。

写真右奥は、中野ブロードウェイマンションです。

朽ちかけた店舗の建物が残っています。

北側の通り。

【参考文献】
*1 藤木TDC、イシワタフミアキ:昭和幻景(ミリオン出版,2009)P.48-P.49

川崎(商店脇の小路)料理店のプレート。飲み屋街。

川崎駅前の繁華街に、1軒だけ取り残されるように建っている商店。2階部分に、紙石鹸のレトロな看板が2つ並んでいます。

商店脇の路地は、昔のままの雰囲気が残された飲み屋街になっています。

もう一本北側の路地にも同じような飲み屋街。写真奥は、第一京浜です。

「料理店」のプレート。

横須賀(若松飲食店街)道の両側にスナックが密集しています。

京急横須賀中央駅のすぐ隣に、若松飲食店街のアーケードがあります。

道の両側にスナックが密集しています。まるで映画のセットを見ているようです。

スナックの看板が密集するあたり。

狭い路地が縦横に交差しています。

立石(呑んべ横丁)レトロな飲み屋街。飲み屋が密集。

今回は立石(東京都葛飾区)の町並みと風俗を散歩します。京成電鉄立石駅を降りてすぐの所に、飲み屋街があります。

狭い路地に飲み屋が密集している一画があります。

歴史を感じる看板。

ハートのマークの扉のお店。

西新宿(思い出横丁)昔はしょんべん横丁と呼ばれていました。

新宿駅前に「思い出横丁」、「やきとり横丁」と看板が掲げられた飲み屋街があります。昔は「しょんべん横丁」と呼ばれていました。

もつ煮がおいしそうな飲み屋や、やきとり屋が軒をつらねています。

線路沿いの横丁は、「やきとり横丁」と呼ばれています。こちらは、明るい雰囲気です。

横丁を横断する狭い路地。人ひとりがやっと通れる幅です。

【参考文献】
*1 泉麻人:青春の東京地図(晶文社,2001)P.209

歌舞伎町(新宿ゴールデン街)観光スポットとして変貌中。

「新宿歩道公園四季の道」の脇に、かつては青線街であった新宿ゴールデン街があります。

最近設置されたと思われる案内板。「新宿ゴールデン街案内図。明朗会計お待ちしております。」と書かれており、店の名前がすべて地図に記載されています。紙で印刷された地図もあり、「ご自由にお持ちください。」と書いてあります。最近は、観光スポットとして変貌をとげているようです。隣には「マップ業者に注意。東京標識社はじめ、インチキ業者からお金を請求される被害が出ております。組合とは関係ありませんので、絶対に金を支払わないでください。」との注意書きがあります。

花園神社側の通りから見たところ。花園一番街、三番街、五番街と名前がつけられています。

昔懐かしいグループサウンズの曲が聴けるお店の看板。

藤沢(木造アーチの飲食街)藤沢銀座近く。

藤沢銀座の「飲食街in」の看板の一つ手前の路地を右手に入ると、木造アーチを持つ旧特殊飲食街を思わせる建物があります。

内側から見たところ。このような空間が藤沢銀座と隣接して残っていることは驚きです。

「まりこ」という店の名前と思われる看板が軒下に残っていました。

裏面は蝶のデザイン。