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すべてのジャンル > 遊興 > 接待飲食 クラブ・バー 1ローラン 2ガールズバー キャバレー 3キャバレービル 4白いバラ 5キャバレー「ウラシ」跡 6駅前のキャバレー 7キャバレー跡 8ロンドンA館 9キャバレー、クラブ跡 10キャバレー跡 11駅前のキャバレービル 12キャバレー太平洋跡 13元キャバレーと思われる建物 14キャバレー美松跡地 15国際クラブ「三千里」跡 16根岸家跡地 メイド喫茶・売店 17メイドのめがね屋さん 18メイドカフェ ホストクラブ 19ホストクラブ 水茶屋 20正見寺

伊勢佐木町(根岸家跡地)パンパンたちのたまり場。

伊勢佐木モールのピアゴイセザキ店の角を曲がった先。

ここにある駐車場は、大衆酒場「根岸家」があった場所です。

「根岸屋」は、昭和21年5月、伊勢佐木町で営業を始めた大衆酒場でした。終戦後、 進駐軍のカマボコ兵舎からドラム缶詰で吐き出される残飯の中には、”牛肉もゴム製品も”いっしょくただった。これを選り分けて、”食べられる残飯”を野毛の「くじら横丁」などの闇市に雑炊用として提供していました。

まずは、パンパンたちがお店の上得意になり、そしてそして彼女たちを追って進駐軍の米兵たちが多く集まってきたほか、ヤクザ、愚連隊、ポン引きなどが割拠するたまり場として、その名を轟かせることになりました。

参考文献

*1 中村高寛 ヨコハマメリー 河出書房新社 かつて白化粧の老娼婦がいた 2017
ドキュメント根岸家
関内方面から伊勢佐木モールを歩いていくと、両側に松坂屋と有隣堂本店。その先の角を右折すると、大きな…

伊勢佐木町(国際クラブ「三千里」跡)屋上に残る大看板。

今回は、伊勢佐木町(神奈川県横浜市中区)の町並みを散歩します。
伊勢佐木町通りを北西に入った通り。

昼間は閑散としています。

屋上には、国際クラブ「三千里」の大看板。

現在も高級クラブが営業中です。

銀座(キャバレー美松跡地)現在の三越百貨店新館がある場所。

現在の三越百貨店新館がある場所には、かつて大型キャバレーの「美松」がありました。

昭和15年(1940年)、まだキャバレーという言葉がなかった時代(当時はカフェーと呼ばれていた。)に、大阪で「赤玉」などをやって当てた榎本正・明三兄弟が、女給が何百人もいるような「銀座会館」「美松」などの店をつくり、東京中を席巻しました。*1*2

戦後も1946年に営業を再開し、戦後を象徴する名門キャバレーとなりました。

昭和37年、保証金の高騰を理由に突然閉鎖。その後、三越に売却されました。

参考文献

*1 福富太郎 昭和キャバレー秘史 河出書房新社 1994
東京のカフェーもエロ・サービス
P.47 関東大震災から昭和5年ころまでは、キャバレーという言葉はまだなく、すべてカフェーと呼ばれてい…
*2 福富太郎 昭和キャバレー秘史 河出書房新社 1994
キャバレー史年表
1940年 3月 キャバレー「美松」(榎本正。銀座三越裏)開店 1945年 8月28日 進駐軍特殊慰安施設協会…

この記事を参照している記事

銀座(出世地蔵尊)昭和27年のキャバレー「美松」の火事で移転。

五反田(元キャバレーと思われる建物)1951年当時「グランドパレス」。

五反駅東口の遊楽街は、昭和の初期から続く歓楽街です。

ビル化が進む歓楽街の中に、昭和の頃と思われる建物が残っています。
1951年の住宅地図*1 には、「グランドパレス」という屋号が記されています。

入口の部分は、現在は自販機コーナーになっています。

当時の豪華さが感じられる2階部分の意匠。

参考文献

*1 都市整図社 品川区 五反田方面(火災保険特殊地図(戦後分)) 1951
現在の西五反田2丁目 ・待合の、旅館の屋号 現在の東五反田1丁目15の一画。 ・「おかるのみや」…

秋葉原(ガールズバー)駅近くの昭和通り沿い。

秋葉原の昭和通り沿い。1本入った通りには、ガールズバーやカフェバーなどがひしめいています。

上から下までガールズバーがはいるビル。

秋葉原駅南口。最近、アダルトビデオ製作会社が運営する居酒屋がオープンしました。

立ち飲み屋。

神田須田町(メイドカフェ)大人の遊園地。コスチュームの展示・販売。

2000年代初め、秋葉原に続々と開店したメイド喫茶は、現在も盛況です。秋葉原から神田川を渡った神田須田町にもメイド喫茶の店舗が進出しています。
写真の店は、1階がバーで、地下1階がアニソン(アニメソングのこと)専門のカラオケ店。

同じく神田須田町のメイド喫茶。

コスチュームの展示・販売。

「大人の遊園地」がコンセプトのメイド喫茶。

錦(キャバレー太平洋跡)屋上大看板。

名古屋市中区の錦通り。名古屋銀行の向かいに、キャバレー太平洋の建物が残っています。現在は閉店しており、ビルの壁面には風俗広告看板が設置されています。

屋上に残る「キャバレー太平洋」の大看板。

当時は、ネオンが輝いていたのだと思います。

看板下部にはダンサーの姿が描かれており、華やかだった頃が偲ばれます。料金は3コース制。
A ¥4,000:8時まで入店のお客様。1時間1ドリンク
B ¥6,000:1時間半2ドリンク
C ¥8,000:1時間半飲み放題

西船橋(駅前のキャバレービル)国別フロア

今回は、西船橋(千葉県船橋市)の町並みと風俗を散歩します。JR西船橋駅前にランドマークのようにそびえている早稲田予備校西船橋校の手前にキャバレービルがあります。

キャバレービルは、駅前のメイン通りにあります。

キャバレーなどが入居する総合レジャービルです。

2Fフィリピン、3Fロシア、4F日本...フロア毎に国が分かれています。5Fは麻雀、6Fはカラオケです。

長崎丸山(キャバレー跡)派手な電飾看板。大衆クラブ。

思案橋の繁華街に閉店となった大衆クラブの建物が残っています。

建物の右側が大衆クラブだったようです。

派手な電飾看板。

朽ち果てた電球。

赤坂(キャバレー、クラブ跡)現在は閉店しています。

赤坂には、多くのキャバレーが存在しました。昭和の中頃、料亭と芸妓の減少は、同時にキャバレーやクラブの増加を意味していました。世界第一と言われたキャバレー「ミカド」は隆盛時の昭和50年中期には500人のホステスを抱え、しかもいずれも若く美人揃いでした。「美人を見たければ、夕方出勤時の赤坂ミカドの楽屋口に立て」と言われたほどに、若く美しい女性がミカドに集まりました。*1

キャバレー「ミカド」は、昭和60年に閉店し、現在は商業ビルになっています。

キャバレー「CABANA」があった付近。手前には、旧料亭の「浅田」がありました。*1

ディスコ「ムゲン」は、日本で最初のディスコとして昭和43年にオープンしました。店の前には、ローマから運んだ2体の石造が立っていて赤坂の名物となっていました。*1
「ムゲン」は、ゴーゴーダンス、モンキーダンスのメッカとなり、いい女はここで踊るのが定番となりました。客層も芸能人だけでなく、三島由紀夫、川端康成などの文化人も来訪していました。「ムゲン」は、昭和62年に幕を閉じました。*2

【参考文献】
*1 松沢光雄:繁華街を歩く東京編(綜合ユニコム,1986)P.171-P.195
*2 本橋信宏:60年代郷愁の東京(主婦の友社,2010)P.133-P.141

中野(正見寺)笠森お仙の墓。絶世の美人。

JR東中野駅近くにある正見寺。

正見寺の墓地に、笠森お仙の墓があります。
笠森お仙は、江戸時代、谷中の笠森稲荷の門前の水茶屋「鍵屋」で働いていた看板娘で、絶世の美人でした。*1

お仙は、幕府の御休息御庭者支配の倉地正之助の妻となったので、現在の倉地家の墓地にお仙の墓があります。

墓碑に倉地家のことが書かれています。

【参考文献】
*1 佐藤要人:江戸水茶屋風俗考(三樹書房,1993)P.160-P.172

川崎(ロンドンA館)いさご通り。入口に電飾。

旧東海道「いさご通り」。町名もこの付近は砂子(いさご)二丁目です。

1階に「ロンドンA館」が入るビル。

入口の電飾。

募集看板。

川崎(キャバレー跡)帽子のマークの大看板。

川崎市内の繁華街を歩いていると、「ナイトイン右折」の看板を発見。

老舗のキャバレーの建物です。

帽子のマークの大看板。迫力があります。

2つ並んだゴミ箱。

船橋(駅前のキャバレー)入口に女性の写真。

船橋駅近くの商店街のアーケードに「ハワイ本店」の看板がありす。

細い路地に飲食店が建ち並んでいます。

路地に面して派手な看板を掲げた店があります。

入口には、女性の写真が貼ってあります。

赤羽(キャバレー「ウラシ」跡)ハートの形をしたスカート。

赤羽のピンサロ街に、古い建物が残っています。

艶っぽい女性です。

建物の上部にはキャバレー「ウラシ」の文字。

ウラシちゃんのスカートはハートの形をしています。

銀座(白いバラ)アルサロブ-ムを今に伝える店です。

現在3丁目にあるグランドキャバレー「白いバラ

「白いばら」は、アルバイトサロン(略称:「アルサロ」)が全盛だった昭和29年に「ニュータイガー」から転向し、オープンしました。アルサロは、明朗・安価なシステムに加えて平均年齢19歳前後というピチピチ嬢のにわか仕込のサービスが大衆の人気を集めました。*1

店の前の日本地図のパネルには、在籍の女の子の名札が貼ってあり、出身地がひと目でわかるようになっています。

女性募集の看板。

【参考文献】
*1 福富太郎:キャバレー秘史P.117-P.125

歌舞伎町(ローラン)しゃぶしゃぶの店。アイマスク着用。

歌舞伎町一丁目の繁華街。しゃぶしゃぶで有名な「ローラン」があります。

店員は、現役女子大生、OL、タレントの卵で、顔を見られると困るのでアイマスクを着用、制服の色は6色あります(看板より)。

姉妹店もあります。

女性募集。

秋葉原(メイドのめがね屋さん)裏通りにもアキバ文化が進出しています。

裏通りの古いビルにも、アキバ文化は進出しています。こちらの○○商店と書かれたビルは、1階は自販機置き場になっていますが、2階、3階はメイド系の店舗が入っています。

3階のドール販売店の看板。抱き枕やダッチワイフが大量に展示されています。

秋葉原は、メイド系の店にもさまざまな業態があります。こちらは、メイドのめがね屋さん。本物のメガネを売っています。店員の女の子は高級メイド服を着て、ハイヒールを履いています。

1階と2階がメガネ売場。3階が高級メイド服売場になっています。

小田原(キャバレービル)上から下まですべて。

本町二丁目の中心部にあるキャバレービル。上から下まですべてキャバレーの看板で埋め尽くされています。

キャバレー「ドンファン」(地下1階)。

付近には、フィリピン系の店が数多くあります。

フィリピンパブの看板。

歌舞伎町(ホストクラブ)近年急増。おなべ専門。

歌舞伎町で急増しているのが、ホストクラブです。ホストクラブ専門の紹介所もできています。

交差点の大きな看板。

歌舞伎町で最大のお店

おなべ専門のクラブもあります。