全国 > 東京都 > 江戸川区 柴又平井小岩 松島3丁目 1レトロなスナック街 2商店街で見かけた貼紙 3青葉旅館 4赤線跡地のスナック 5旧丸健跡 6旧丸健跡 南小岩5丁目 7東京パレス跡 西小岩3丁目 8吉野湯 北小岩6丁目 9みなみ通り 北小岩4丁目 10真光院の遊女の墓 南小岩8丁目 11小岩周辺の住宅街 柴又 平井 南小岩7丁目 12立ち立呑み処「くら」 13日活映画館跡地 14栃錦像 15屋上広告看板 16駅裏の商店街 17地蔵通り 西小岩1丁目 18駅裏のホテル街 19武蔵湯 北小岩2丁目 20地蔵湯 松島4丁目 21旭湯

新小岩(旭湯)住宅街にある昔ながらの銭湯。

江戸川区松島の住宅街の中にある銭湯の「旭湯」。

都内ではめずらしい、昔ながらの銭湯です。

中庭には金魚が泳いでいます。

建物の南側。

新小岩(レトロなスナック街)赤線跡地近く。

今回は、新小岩(東京都江葛飾区)の町並みを散歩します。
新小岩駅南口から、ルミエール商店街を約500m。かつて赤線があった場所※1 の近くにスナックが密集する一画があります。

通りから細い路地を入ったところにも店が建ち並んでいます。

レトロなスナック。

狭い通路を抜けると入口がありました。

小岩(真光院の遊女の墓)戒名に「遊」の文字。

京成小岩駅から約1km。江戸川の土手近くにある真光院

奥にお堂が見えます。

地元の方の話によると、昔から伝えられている遊女の墓があるそうです。

遊女の墓。戒名に「遊」の文字が含まれています。

小岩(みなみ通り)居酒屋とスナックが4軒。

京成小岩駅前にある「みなみ通り」。

居酒屋とスナックが4軒。

狭い路地を進みます。

すぐに反対側に抜けます。

小岩(吉野湯)昔ながらの銭湯。立派な格子天井。

JR小岩駅から北へ徒歩約10分。昔ながらの銭湯の吉野湯があります。

南側の駐車場から見た建物。

入口。

脱衣場の格子天井。立派です。

小岩(立ち立呑み処「くら」)1枚50円のチケット。

小岩駅裏の商店街の「立ち立呑み処くら」。

大きな看板が目を引きます。

つまみは、100円から350円まで、50円刻みです。

まぐろ刺(300円)とビールを注文(1枚50円のチケットを購入するのがルールです。)。

小岩(日活映画館跡地)旧スカラ座。電柱に「日活」の文字。

小岩駅南口の商店街「フラワーロード」を南下し五差路を左に折れます。

電柱には「日活」の文字。

かつて、この場所には、日活の映画館がありました。1968年頃までは、日活の名を冠し、その後はスカラ座と改名しました。

南小岩コミュニティ会館、全景

小岩(駅裏のホテル街)昭和レトロなホテルが建ち並んでいます。

JR小岩駅の北側の路地。

お城。

昭和レトロなホテルが建ち並んでいます。

ホテルの隣に質屋。※1

小岩(栃錦像)多くの人に触されて金色に輝いています。

今回は、小岩(東京都江戸川区)の町並みを散歩します。
JR小岩駅改札口にある栃錦像。昭和の大横綱です。

右手や両膝の内側あたりは、多くの人に触されて金色に輝いています。

お尻もピカピカです。

乳首も。

小岩(武蔵湯)入口にタイル絵。美しい煙突。

西小岩の武蔵湯。総武線の車窓からも見える銭湯です。

美しい煙突。

入口にはタイル絵。
最近、内装リニューアルされたらしく、床やロッカーは綺麗で快適です。

廃材置き場。

小岩(屋上広告看板)駅から見える格好の広告スペース。

JR線小岩駅からは、建物の屋上に設置された多数の看板を見ることができます。

歯抜けになった看板、。

ビルの窓は、駅から見える格好の広告スペースです。※1

駅から見える「アカスリ」と書かれた窓。

小岩(駅裏の商店街)小さな小島のような一画。

今回は、小岩(東京都江戸川区)の町並みを散歩します。
小岩駅南口の駅裏の商店街。飲食店の古い建物が連なっています。

JRの高架と商店街に囲まれ、小さな小島のような一画を形成しています。写真は商店街の北端(右側はJR総武線の高架)。

商店街の裏側(JR側)は、時代を感じさせる風景が残っています。

密集している建物の中には、3階建てものもあります。

柴又

小岩

新小岩

平井

柴又(似顔絵コインランドリー)寅さんの似顔絵

柴又駅近くの踏み切りの脇にコインランドリーがあります。

一見なんの変哲もないコインランドリーですが、実は、ここは似顔絵ランドリーです。壁と天井に似顔絵がびっしりと貼られています。

たいていは一人1枚ですが、寅さんの似顔絵は数枚あります。

新聞でも紹介されました。

柴又(北野浴場)現在は、コインランドリーとして営業中です。

柴又駅近くのレトロな看板建築の酒屋さん(現在は自販機)の向こうに、煙突が見えます。

銭湯の北野浴場です。

存在感の煙突。

現在は、コインランドリーとして営業中です。

柴又(ソープランド跡)入口に看板がありました。

「男はつらいよ」の撮影にも使われた団子屋の「とらや」に裏手に、数年前までソープランドがありました。音楽家の戸塚省三さんの著書「東京路地裏観光」によると、ここには、「特殊浴場ソープランド『柴又キング』入口」と書かれた看板がありました。*1

ソープランドが普通の住宅の中にポツンと一軒だけ建っていて、田舎の湯治場のような雰囲気の建物でした。*1

「入口を入ると左手に洗濯機が置かれた物置みたいな部屋があって、その脇の通用口のような通路を通り抜けると、昭和三十年代の喫茶店で流行ったようなオレンジ色のアクリル扉が半開きになっていてそこが待合室だった。*1」と戸塚省三さんは当時の様子を語っています。

当時の名残と思われるプレートが残っていました。

【参考文献】
*1 戸塚省三:東京路地裏観光(二玄社,1996)P.235-P.239

柴又(柴又駅)寅さんの銅像

今回は、柴又(東京都葛飾区)の町並みと風俗を散歩します。
駅前の広場には、「男はつらいよ」でおなじみの寅さんの銅像があります。

松竹映画「男はつらいよ」シリーズは、山田洋次原作・脚本・監督、渥美清主演で1969年に第1作が公開され、以後1995年までの26年間に全48作品が公開された国民的人気シリーズです。*1
「わたくし、うまれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎。人よんで、フーテンの寅と発します。」という、おなじみの寅さんの口上が思い出されます。
(余談になりますが、わたくし風俗散歩は、姓は風俗、名は散歩。人よんで、フーさんと発します)

銅像の台座には、「寅さんは損ばかりしながら生きている。江戸っ子とはそういうものだと、別に後悔もしていない。(中略)ごめんよさくら、いつかはきっと偉い、兄貴になるからなー。車寅次郎はそう心に念じつつ、故郷柴又の町をふりかえるのである」と山田洋次郎監督の言葉が書かれています。

帝釈天参道の入口は、駅からすぐです。

【参考URL】
*1 松竹株式会社:男はつらいよ 松竹公式サイト「男はつらいよ」とは

平井(駅前のスナック街)包丁、ハサミ、研ぎますの看板。

割烹「まじま」や料亭跡の建物が残っているエリアの東側は、スナックや飲食店が建ち並ぶ繁華街になっています。

スナックが密集する路地。

四つ角にあるスナック。

スナックの建物脇に、「包丁、ハサミ、研ぎます」の看板。

平井(料亭跡)奇抜なデザインの塀

割烹「まじま」の近くに、料亭だったと思われる建物が2軒ほど残されています。

奇抜なデザインの塀です。

隣の路地にあった別の建物。

玄関の電球。

平井(料亭まじま)1軒だけ現役で営業中です。

今回は、平井(東京都江戸川区)の町並みと風俗を散歩します。
平井三業組合は1937~38頃に組織され、戦前は、芸妓250人、芸者置屋45軒、待合30軒以上あり、かなりの規模の花街でした。太平洋戦争時の空襲で壊滅状態となりましたが、その後復興しましたが、時代とともに、接待の仕方や遊び方が変わったため、昭和50年代の中頃に幕を閉じました。

現在は「まじま」だけが、当時の面影を残したまま割烹として営業中です。

高い塀で囲まれています。

当時のままと思われる中庭。

【参考文献】
*1 上村敏彦:東京花街・粋な街(街と暮らし社,2008)P.239-P.240

新小岩(商店街で見かけた貼紙)ニャンとも困っています。

新小岩の商店街のアーケードの支柱は、ご覧の通り根元がさびついています。犬の小便は鉄をも溶かす威力です。

ナプキンの値札と組み合わせてみました。

立小便の名所?。

「ニャンとも...」ネコ語で書かれた微笑ましい張り紙です。

新小岩(青葉旅館)裏口もあります。風情のあるビジネス旅館。

松島三丁目の三叉路から新小岩公園方面へ行く道の途中に、「青葉旅館」の大きな看板があります。

ずいぶん質素な店構えの旅館です。

入口だと思っていたのは、裏口でした。

表へ回ってみると、風情のあるビジネス旅館でした。

新小岩(赤線跡地のスナック)現在も営業中です。

松島の赤線跡地の奥まったあたり。以前は、未舗装の砂利道でしたが、古い建物が取り壊されたため、駐車場となりました。

以前は通り抜けできたのですが、駐車場のフェンスでさえぎられています。

現在も営業中のスナック。緑色の塗装が印象的です。

反対側から見たところ。「赤線跡を歩く」に掲載されていた「玉屋」の建物は、新しいビルに建て変わっていました。写真の左手前にあった串あげ小料理「佐竹」の建物も無くなっていました。

新小岩(旧丸健跡)赤線時代の建物?が今も残っています。

アーケードをぬけた三叉路付近に、赤線時代の建物が今も残っています。

4軒の店が入っている長屋の建物。この建物は、「国家売春命令物語」の口絵*1 に掲載されている「丸健」の建物」と思われます。口絵の写真には、左から「YANAGIYA」、「カフエーやよい」、「喫茶すずらん」....の屋号の店が写っていて、「カフエーやよい」、「喫茶すずらん」の店の前には女性がそれぞれ二人づつ立っています。
1960年の住宅地図*2 を見ると、「YANAGIYA」は「柳すし」、「カフエーやよい」は「やよい飲屋」となっており、売防法実施後も同じ屋号を引き継いで、飲食店として営業していたようです。
「赤線跡を歩く」*3 に写っている同じ建物の写真を見ると、一番左の店は、「柳鮨」となっていますが、今は、別の店に変わっています。

「赤線跡を歩く」に掲載されていた「柳鮨」の隣の建物は、無くなっていました。

三叉路付近。

【参考文献】
*1 東京都全住宅案内図帳江戸川区西部(1960,住宅協会)P.13
*2 小林大治郎,村瀬明:国家売春命令物語(雄山閣出版,1971) 物語歴史文庫19
*3 木村聡:赤線跡を歩く(自由国民社,1998)P.28

新小岩(旧丸健跡)「山喜」の建物は無くなっていました。

今回は、新小岩(東京都江戸川区)の町並みと風俗を散歩します。
JR新小岩駅南口から延びる「ルミエール商店街」のアーケードが無くなるあたりに、「丸健」と呼ばれていカフェー街がありました。現在もかすかにその面影を残す路地があります。*1

路地の奥まったあたりにある「かつこ」という名の小料理屋。

路地を逆方向から見たところ。

この路地の裏側には、「山喜」という屋号の料亭風の建物がありましたが*1、残念ながら、取り壊されて駐車場となっていました。

【散歩地図】

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(自由国民社,1998)P.28-P.29

小岩(地蔵湯)美しいガラス絵。2階に汲み取り式トイレ。

京成電鉄小岩駅の近くに、銭湯の地蔵湯があります。

銭湯の建物の裏口付近。2階に汲み取り式トイレがある構造です。

銭湯の入口。

脱衣場と風呂場の間の窓ガラスに女性の絵が描かれています。

小岩(小岩周辺の住宅街)犬糞のホーロ看板。新生活運動。

南小岩8丁目の住宅街。この付近には、数多くの犬糞看板を見かけます。

手書きの貼り紙もあります。

いろいろなタイプの貼り紙があります。

「東京都新生活運動拠点地区」作成のホーロー看板。

小岩(東京パレス跡)現在は、郵政公社の宿舎です。

JR小岩駅南口からのびるフラワーロードを行くと国道14号線に出ます。右折して進むと二枚橋の交差点に出ます。

二枚橋の東側に郵政公社の宿舎がありますが、ここは、終戦直後に進駐軍相手の慰安所「東京パレス」が作られた場所です。

「東京パレス」の仕組みは次の通りです。まず、五十円の入場料を払って中へ入るとダンスホールがあります。ここでチケットを買うと、専属バンドのジャズ演奏をバックに女性と踊ることができます。夜9時になってダンスホールが終わると、2階の喫茶店街へ移動し、そこには、女性の部屋もありました。*1
アメリカ人記者が、占領下の日本の様子を書いた「ニッポン日記」*2 によると、ダンスホールの女性は、西洋のガウンを着て、下には何も着ていなかったとそうです。

宿舎の敷地の裏側(北側)には、親水緑道があって閑静な住宅街となっています。

【参考文献】
*1 人情講談(睦書房,1952.8)P.163
*2 マーク・ゲイン:ニッポン日記 上(筑摩書房,1951)P.186

小岩(地蔵通り)客引き禁止看板のある風景。

今回は、小岩(東京都江戸川区)の町並みと風俗を散歩します。
JR小岩駅南口を出てすぐ左手に地蔵通りの入口があります。

日本語、中国語、英語で書かれた客引き禁止看板。地蔵通りにはこの看板が10ヶ所近くに設置されています。

狭い道幅の路地に飲食店や風俗店が建ち並ぶ繁華街です。路地はゆるやかに曲線を描いていて、この写真のようなY字路もあります。

古い商店の建物と客引き禁止看板。