栗橋(遊廓跡)8軒の妓楼が建っていました。

古河市には、幕末以来という古い遊廓がありました。光了寺の南側に塀で区画された場所があり、昭和初年には、ここに8軒の妓楼が建っていました。*1

中央の通り。

廓の外側を1周できる道があります。

奥まった一画へ続く道。こちらへも塀が続いています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(2002,筑摩書房)P.178

栗橋(八坂神社)レトロな電柱

八坂神社の中にレトロな電柱があります。

何のためにこの電柱がここにあるのかは不明です。

てっぺんに裸電球がついています。

関所跡。碑は利根川の堤防の近くにあります。

栗橋(静御前の墓)大河ドラマで人気です。

今回は、埼玉県の栗橋を散歩します。
JR宇都宮線の栗橋駅の駅前に、源義経の寵愛を受けた静御前の墓があります。

今年は、NHKの大河ドラマ「源義経」が放映されているので、栗橋は義経ゆかりの地ということになっているのでしょう。大河ドラマ新聞記事があちこちに掲示されています。

石原ひとみの似顔絵?を使った酒屋の広告があります。

商店に貼られている商品券取扱店のポスターにも静御前の肖像が使われています。

幕張(鷺沼温泉)ディープな銭湯

鷺沼1丁目の交差点付近は、ここだけが時間がとまったエリアです。昭和4年から80年間営業している鷺沼温泉は、交差点の角にあります。
国道14号線(千葉街道)の歩道に「鷺沼温泉」の看板があります。

正面手前は空き地になっています。以前は別の建物で見えにくかったのだと思いますが、今は建物の全景が国道から見えます。

裏側もかなりねんきが入っています。

脱衣場の天井には扇風機がついています。
ロッカーはありません。衣類はかごに入れます。
びっくりしたのは、客の物と思われる石鹸やシャンプーが棚に並んでいることです。その数50~60はあると思います。
中に入ってもびっくり。すべて木で作られています。壁、天井はすべて板張りですで、白と水色のペンキが塗られています。なんとペンキ絵も板に書かれています。
湯船は熱いお湯と普通のお湯の2つに分かれていますが、どちらも熱めです。

幕張(樋ノ口弁財天)地元歌手の中村晃子が再建。

樋ノ口弁財天は、国道14号(千葉街道)の鷺沼1丁目の交差点にあります。写真は交差点を袖ヶ浦団地方向から見たところ、この写真の右側の小さな林が樋ノ口弁財天です。

樋ノ口弁財天の入口。後ろに見える煙突は銭湯の鷺沼温泉です。

樋ノ口弁財天は、歌手の中村晃子が再建したそうです。中村晃子は、1968年に「虹色の湖」にてレコードデビューし、80万枚を超える大ヒットを記録した地元出身の歌手です。生家もこの近くにあるそうです。

樋ノ口弁財天には、鳥居と祠の他に立派な庭園があります。大きく育った錦鯉が数匹泳いでいます。

幕張(幕張メッセ)人が集まる場所といえばここです。

幕張のラブホを見学した後は、幕張メッセを見学することにしました。
写真は、プリンスホテルのエレベータから見たメッセの全景です。

ダイハツブース。ビデオやデジカメを手にした客が群がっています。ショーが始る前から陣取っていた客が大半を占めており、後からかけつけたのではほとんど前が見えません。メインの子はスタイルが良く、人気を集めていました。

三菱ブース。こちらは撮影専用のコーナーが設けられており、好きなだけ撮ってくださいということになっています。もちろん黒山の人だかりです。係りの人が必死に交通整理をしていました。

スズキブース。このおねえさんは、顔は美人で清楚な感じでしたが、ミニスカに網タイツと、体はかなりエロかったです。

幕張(ラブホ)豪華な造り

今回は、千葉県幕張を散歩します。
JR幕張本郷駅から徒歩10分のところに、ラブホ街があります。都内のホテルと違って大きさはビッグサイズのホテルが多いです。京葉道路の幕張インターチェンジのすぐそばなので、大半の客は車で来るのだと思います。
国道をはさんだ南側には家電量販店のコジマがあります。

道路は広々しています。

人気のラブホの「トレンディクラブ」。最上階には窓付きの部屋が4つあります。「海が見えるラブホ」というのがウリですが、南側にコジマができてしまったために、景観が少し邪魔されているようです。

UFOの形のラブホがあります。

池袋北口(デリヘル)新しいタイプの紹介所

ときわ通りと劇場通りが交差する交差点の角。交差点の対面にはカラオケのパセラがあります。

ここに新しいタイプの紹介所があります。

1階に居酒屋がある小さな建物の2階が案内所です。

「案内所」と3文字書いてあるだけです。以前は楕円形の看板のところに「Dellys」と書かれていましたが、今はなぜか消されています。
2階には、5店舗のデリヘルの事務所が入っていて、その場で写真を見て女の子を選べます。指定された場所で待ち合わせをするシステムです。
待ち合わせ場所はいくつかあるようですが、いずれもときわ通り近くの場所です。

池袋北口(池袋の森)ラブホに隣接する自然観察公園

へいわ通りの材木店を過ぎると、右手に「池袋の森」と書かれた入り口があります。

ここは自然観察を目的とした自然公園となっており、観察用のログハウスがあります。

但し、一部の方の不適切な利用のため、当分の間閉鎖されています。

公園内には自然観察用の池があります。隣にラブホ街があることを忘れてしまいそうです。

八王子(八王子城跡)本丸へは山道を登ります。

八王子の町並みを眺めるために、八王子城跡を散策します。本丸へは山道を約40分かけて登ります。

山頂付近からの展望。八王子市街が見渡せます。

頂上近くにある八王子神社。本丸(山頂)はここからすぐそこです。

山道は高尾山へと続いていますが、今回はここで終わりです。

八王子(旧田町遊廓大門通り)突然広い道路に行き当たります。

浅川の方へ向かって細い路地を歩きます。このまままっすぐ行くと暁橋があります。

暁橋の手前の交差点から左に折れる道路は、突然道幅が広くなっています。田町遊廓跡の大門通りです。周囲には卸売り業者の倉庫や物流拠点があります。

地図で確認していみると、周囲の道路の幅と比べ、ここの部分だけが幅の広い道路となっていることがよく解ります。

工場だったと思われる建物を転用した雑貨のディスカウントストアがありました。八王子はかつて絹織物工業がさかんでしたが、その頃の工場だったのかもしれません。

八王子(市守神社)北条氏照の時代にさかのぼります。

今回は、八王子の町並みと風俗を散歩します。JR八王子駅北側にある市守神社の入口に八王子市内の観光案内を兼ねた地図があります。

市内にある市守神社。そろそろ酉の市の準備に入る時期のようです。

市村神社の入口の案内板に、八王子の由来が書かれています。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の天下平定戦により、八王子城が落城ましたが、戦後処理のため市場の再開と物資の調達が急がれ、現在の横山、八日、八幡のあたりに地割がされ、今日の八王子の市街地の原型が出来上がりました。

市守神社は、横山宿の市の取引の平穏無事を祈る市神を祭ったのが始りとされ、はじめは市守稲荷と呼ばれていました。

千住(大黒湯)キング・オブ・銭湯

千住は銭湯の町なので、今回は銭湯をハシゴすることとしました。2軒目はキング・オブ・銭湯と呼ばれる大黒湯です。立派な宮造り建築です。

屋根の正面には大黒様。

左右には恵比寿様。

入口。

千住(タカラ湯)キング・オブ・縁側

キング・オブ・縁側と呼ばれているタカラ湯へ寄りました。

柴又帝釈天の仏師の作とされる七福神の彫刻は非常に立派なものです。 お風呂の種類は豊富です。個人的には「座風呂」が気に入りました。浴槽の中が椅子の形になっていて、それに座ると足の裏に気泡があたるようになっています。

さすがは、キング・オブ・縁側。本格的な日本庭園です。

池には錦鯉が沢山泳いでいます。

千住(お化け煙突跡)煙突は遊戯施設として小学校に保存

解体されたお化け煙突の一部は千寿双葉小学校のすべり台として保存されています。この日は運動会の後片付けの最中でした。
千寿双葉小学校は平成17年4月に千寿第三小学校と元宿小学校の統合により誕生し、1年間は元宿小校舎(千住桜木町)を使用し、平成18年に千寿第三小跡地(千住大川町)に建つ新校舎に移るそうです。このすべり台がどうなってしまうか心配です。

運動場の木々の中にすべり台があります。

近くで見ると頑丈そうに見えます。

すべり台の裏にはプレートが取り付けてあり、次のように書かれています。
「四本煙突記念 通称千住のお化け煙突として親しまれてきた東京電力の四本煙突が解体されるにあたり、その一部(下部、直径6m重量約3t、半円分)の寄贈をうけた。これをながく本校にとどめ児童の遊戯施設として設置し記念とする。昭和40年1月」