やまひこ社行徳・浦安わがまち発見 ①リブロポート1986.10

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浦安市の当代島は市川市と境を接する江戸川べりの町である。すぐ前を流れる江戸川には妙見島(東京都江戸川区)という川中島があり、すぐ北には島尻(市川市)という地名がある。このあたりに島の付く地名の多いことは、かつていくつかの島があったことを想像させる。
古代以来、太日川(ふといがわ、今の江戸川)は上流地帯から土砂を大量に運んできた。こうして三角州を成長させながら、その土砂が堆積して市川から行徳・浦安の台地を作ったのである。その後、さらに下流に、妙見島や当代島ができた。妙見島は、おそらく妙見宮が島にまつられていたものか。山本周五郎が浦安に住んでいた昭和のはじめ頃は、ヨシが一面に生えた川の中州だったが、現在はほとんどコンクリートに覆われた工場だけの島である。

この文献を参照している記事

浦安(船圦川跡)かつて島があったことを連想させます。
東葛西(妙見神社)妙見宮が島にまつられていたことが、妙見島の名前の由来。
東葛西(妙見島)歩道橋から階段を下りて島へ上陸。