佐藤信之 人が汽車を押した頃 崙書房

茂原・長南間軌道運輸車両組合

P.90
茂原と長南の間に人車軌道が開通したのは明治42年10月のことであった。すでに開通していた房総鉄道の茂原駅前を起点にして 長南の台向(現在の愛宕バス停)までの 約9kmの単線軌道が県道沿いに敷設された。この人車軌道は当時交通量が増大したにもかかわらず改修が遅々として進まなかった道路交通に代わるものとして計画されたものである。なお長南で生産された叺(かます、藁蓆(わらむしろ)を二つ折りにした袋)むしろが弾薬兵糧の運搬に必要な包装資材であったため、軍事面での要請があったようだ。県は専ら物資の輸送用として考えていたという。建設には、鉄道連隊の応援を得て、資材も軍から借用したものであったと記録されている。