佐藤敏夫 下北沢通史 1986.3

P.19

代田6-18と同6-16(注、この辺も縄文遺跡です)の間は窪地で、 この辺から水がしみ出るらしく、 現在、守山小学校の東の道路の下を排水路が走り、水路は代田6-4の西南で井の頭線(新代田駅東方)を横切って代田五丁目の道路下(代田5-32等を流れ、代田5-20のところで小田急線下北沢駅西南の土手の下をくぐり、代沢五丁目33と35の間の道路下を通ります。

地元の阿川燃料店主(代沢5-30)は次のように述べます。「川は、小田急下北沢駅西の踏切の下を通って代沢五丁目36番や代沢郵便局(代沢5-30)の前を経て代沢福祉会館(代沢5-8)のところで 北からくる小川(森厳寺川と合流し、森厳寺川西側を通って 北沢川本流に注いでいた。

戦前の状況を言えば 代沢5-36辺りは 少年が何とか飛び込せた幅だから5尺くらいの幅だった。平時の水深は約一尺だった。しかし岸から水面まではもっと深く、36番辺りで10段の木の階段が設けられている深さだった 階段の一番下のところで当時の農家が大根などの野菜を洗っていた。今の郵便局から南に田が続いていた。川の埋立は勿論戦後のことである。

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下北沢(狭小建物)戦前は川が流れていたY字路。