藤沢市総合市民図書館 わが住む里

わが住む里 第46号 1995

加藤公一 辰巳町今昔

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辰巳町の年代は新しい。明治13年11月27日午前2時、藤沢の大火「大川屋火事」により宿場の大半が消失し、その再興の際、宿場(今の本町通り)に点々とあった旅籠屋、宿場女郎屋を明治35年県令により一箇所に集めるために、現在のところに移籍したものである。
宿場より見て東南の方向「巽」にあたり。また深川の辰巳にならい、辰巳町と名付けられた。

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戦後、昔の女郎屋がその稼業をやめたり、他人に貸したりして、だいぶ新地の中も変わった。蔦屋の跡に木村小児科医院が開業、その後、現在の津の国屋アパートになり、辰巳屋の跡に第一ゆたかセンター、岩月は人に貸し、現在は壊して駐車場になっている。松阪の跡は山下さん宅となり、現在はソープランドの焼跡と第二ゆたかセンターとなってしまった。
戦前は桑原さんのおじいさんが菓子屋をしていたが、故人となられてから岩月でビリヤードをしていた。
日野清の跡が立花となり、戦時中まで山下さんが住んで、土木請負と女郎屋を経営していたが、その後、戦中、高塚さんが買い取り、屋号はそのまま立花で経営された。今は建売の店舗と駐車場となっている。
三浦屋と大和屋は戦前に商売をやめ、今の100万弗センターと小鳥の街となっている。月見は裏の座敷を壊して表の店を後に曳き、その後に松竹、千成、ひばり、つむぎ荘ができたが、その一角が昔の月見の場所である。
火の番小屋の脇の桜の木があった所に戦後飲食店の店が五、六軒できたが、現在、建友さんの事務所と椿さんの家ができた。
丸屋の跡は富久さんが買い、現在一番街飲食店になっている。中徳も戦前に壊して、今の四組の住宅となっている。