南方熊楠 南方熊楠全集10 (初期文集) 平凡社

江島紀行

P.12
浜と江島の間、潮水これを遮る、その間半町に足らず、渉人、往来を弁す。島の北端は平沙浜をなせり。海鴎(うみかもめ)群飛して悲鳴す。海鮮の漁はなはだ多し。鳥居を過ぎて一丁ばかり人家対列す、旅舎多し。これを西の町という。すなわち恵比須屋茂八方に宿し、出で島上に遊ぶ。介貝を売る肆(みせ)多し。毎肆みなホッスガイを列示す。この島専有の名産なり。坊の衝く所石壇あり、上れば正面に石碑あり。東都吉原妓家の建つるところ、書していわく、「最勝の銘。最勝匹(たぐい)なく、至妙名に匪(あら)ず。起滅来去(らいこ)、香味色声(しきしよう)。事物は蕭寂(しようじやく)、真空は崢嶸(そうこう)たり。顕露(けんろ)は漠々、暗裡は明々たり。明治甲申、原担山撰」とあり。

この文献を参照している記事

江の島(最勝銘碑)南方熊楠の「江島紀行」にも登場。