望月安雄泉町物語水戸の今昔泉町商店会1995.8
大工町の花街
町並みの今昔

P.40-P.41
泉町2丁目の地図
旅館「伊勢彦」、青木材木店
富田横丁:第一勧業銀行水戸支店(現在の常陽銀行泉町支店)脇の路地

P.77
中川楼

P.81
四丁目の街並みの最後にあるのが「旦那横丁」。現在ある成文堂印房と川上陶器の間の道は戦後で、戦前は成文堂のところが道になっていた。ここから狸信願寺町を横切って北方へ信願寺町へ抜ける細道を俗に旦那横丁と呼びならわしていた。
単に、「商家の旦那が芸者遊びに通う道」という意味ではない。芸者は商売人だから旦那は持つべきではない。だからあの芸者はあの旦那と深い仲だとわかったら芸者を辞めたわけ。だから、ここにいう旦那というのはそういう旦那になるような分限者(金持ち)ということで、そういう人が通った横丁という意味に解したほうが奥が深い。

青木新地

P.146
泉町二丁目、今の第一勧業水戸支店横の路地を入ると、五軒町の日本たばこ産業KK水戸ビルの建物に突き当たるが、その手前に十字路があり、目の前にそそり立つ伊勢甚と京成のパーキングビルのあたり、今はその一帯が味気ない駐車場地域になっているが、ここはもと青木新地と呼ばれて、泉町近辺では一種特別な雰囲気を持った場所だった。
明治の末、豪商富田彦市という人が、ここに稲荷神社を勧進して水雷稲荷という社を建て、その南方一帯に、「時田屋」とか「時泉」などという料理屋(待合)や芸妓屋を置いて、夜の歓楽街にしたものだという。
P.147
明治45年に、この一帯は青木才次郎という建設業者のものとなって、名も富田新地から青木新地に変わった。
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もと青木新地あたりの現在(写真)。水雷稲荷があった。