常陸太田市教育委員会常陸太田の礎を築いた人たち 2常陸太田市教育委員会2014.3
都々逸坊扇歌

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都々逸節(どどいつぶし)の元祖といわれるのが、江戸時代の終わりに久慈郡磯部村(磯部町)に生まれた都々逸坊扇歌です。生まれながらの美声と才能を生かして、江戸に出て寄席芸人となり、都々逸節を全国に流行させました。特にお客からのなぞかけをすぐに解いてしまう頭の回転の速さが、江戸庶民の評判になったと言われています。

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JR常陸太田駅の前を水戸方面に向かって南へ約3kmほど向かうと、道路沿いに数本の松の木に囲まれた石像と石碑がひっそりと立っているのを見つけることができます。
石碑には「磯部田んぼの バラバラ松は 風も吹かぬに 気がもめる」という歌が書かれています。この歌は都々一坊扇歌が少年時代につくった歌で、当時扇歌が村中を唄い歩き、磯部で流行したと伝えられています。

【コラム】*「都々逸」って何?*
短歌や俳句とは違って七・七・七・五の26音を基本形として、三味線とともに歌われる小唄のことを言います。昔は寄席や座敷などで演じられる出し物でした。歌の中で繰り返されるはやし詞(ことば)<ドドイツドイドイ>から名付けられたと言われています。

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常陸太田(都々逸坊の石像)都々逸節の元祖。