瀧口雅仁古典・新作落語事典丸善出版2016
木乃伊取り(みいらとり)

吉原へ遊びに出かけた若旦那がもう2日も帰ってこない。そこで番頭の佐兵衛を迎えにやると、そのまま五日帰らず、次に鳶の頭を迎えにやると、これまた七日行ったきりと、ミイラ取りがミイラになってしまった。
「ミイラ取りがミイラになる」とは、「人を連れ戻しに行った者が先方に留まってしまうこと」である。

禁演落語

P.312
1940(昭和15)年、に当時の「講談落語協会」が社会事情を鑑み、時勢にふさわしくない落語を演じるのを避けるべきではと言う声を上げた。具体的に、女郎買い物、酒飲み物、間男物、美人局(つつもたせ)物、泥棒物を選定し、最終的に53席の落語を「禁演落語」として制定した。政府に届け出をしたが、「参考としての受理」という形を取られたという。正式な受理をしてしまうと、違反した場合の処分や取り締まりのための教育の問題を懸念したと考えられる。1941(昭和16)年に浅草の本法寺に「はなし塚」を建て、台本や扇を奉納した。なお1945(昭和20)年の東京大空襲の際には、寺の本堂は焼失したにもかかわらず、この「はなし塚」だけは残った。