向島見番の前の通り。
交差点の角にある古い木造家屋は菓子の「いりむら」です。*1

その隣。料亭「波むら」との間に、待合「桝の家」の建物が残っています。(写真左側)

玄関。

待合だった頃の風情が残っています。

向島見番の前の通り。
交差点の角にある古い木造家屋は菓子の「いりむら」です。*1

その隣。料亭「波むら」との間に、待合「桝の家」の建物が残っています。(写真左側)

玄関。

待合だった頃の風情が残っています。

向島を代表する老舗料亭の「入舟」。
昭和20年創業。建物は50年前に建てられたものです。*1

通用口。

料亭きよし。
昭和24年開業の老舗料亭です。*2

老舗料亭です。

今回は、向島(東京都墨田区)の町並みを散歩します。
墨田区向島2丁目にある向嶋墨堤組合。

前の通りは、「見番通り」と呼ばれています。

向島は、江戸の時代から「花街」(料亭街)として栄えた街です。*1
東京から遠出で遊びにくる客の座敷に招ばれ、向島芸妓は生まれました。*2

今なお料亭の伝統芸能が脈々と継承されています。

足立区千住3丁目千住本氷川神社。

狛犬

吽像の方には、男根とこう丸と思われる盛り上がり見られます。

阿像の方に同様の隆起はありまあせん。

駅西口のすぐ近くには、千住の投げ込み寺と呼ばれる金蔵寺があります。

金蔵寺の創建は建武2年(1335年)です(案内板より)。

金蔵寺の門を入ると左側に2メートルほどの無縁塔があります。これは天保の飢饉の犠牲者のためのもの。その塔と並んで建つ「南無阿弥陀仏」と正面に記された供養塔は、千住宿の遊女の供養塔です。(案内板より)

遊女供養墓の台石の四方には遊女の戒名がぎっしり記されています。*1

千住宿の史跡、市郎兵衛本陣跡近く。

本陣跡の近くに、千住見番がありました。
見番の玄関には「千住芸妓組合千住支部」「全国芸妓組合千住支部」といった看板が掲げられていました。*1

明治時代、千住芸妓組合が成立し、その事務所(見番)がこの地に置かれ、花街が千住柳町に移転した大正8年以降も昭和18まで営業していました。この通りを見番横丁といっていました(説明文)。

見番があったあたり。

四谷大木戸跡の近くの新宿通り沿い。

老舗寿司店の「三ます」。

創業は、明治43年(1910年)です。

握り寿司(竹すし)と日本酒(菊正宗)を注文、

今回は、新宿大木戸の町並みを散歩します。
明治時代、内藤新宿と呼ばれていた頃、現在の新宿一丁目交差点から西側は、新宿遊廓があった場所で、街道の両脇には妓楼が建ち並んでいました。*1

新宿一丁目交差点南側は、新宿御苑大木戸門です。

逆方向から見たところ。ここから約100m先に、史蹟「四谷大木戸跡」があります。

地下鉄新宿御苑駅近く。
この付近にも妓楼が建ち並んでいました。*1(写真右は秋葉神社。)

浅草の国際通り沿い。

韓国焼肉&エステの看板。韓国といえば、焼肉とエステですが、同じビルの中で両方を味わうことができるようです。

健康マッサージの看板。看板だけが残されていて、店舗は無い模様です。

火花。

浅草の国際通り沿いにある「食堂筑波」。2階部分の大看板に大きく「食堂筑波」と書かれているので、すぐに発見できます。

手作り感のある暖簾。

昭和レトロな雰囲気です。

カレーライス(この店の自慢メニューです。)とビールを注文。
