釜石(レトロ自販機)震災復興のために設置。

今回は、釜石(岩手県釜石市)の町並みと風俗を散歩します。釜石市街になるKUNIYA(928)ビル。レトロ自販機が設置されています。

928の店舗は震災時、二階まで津波の被害を受けました。この自販機が設置されたのも震災復興のためです。*1

チーズバーガーを注文。調理中を示す赤ランプが点滅します。

出来上がり。

【参考文献】
*1 越野弘之:昭和レトロ自販機大百科(洋泉社,2015)P.40

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参考記事

気仙沼(スナック店)太田、三日町。洋風の建物。

太田の坂道の途中にあるスナック店。「HAMACHIDORI(はまちどり)」と書かれた洋風の建物です。

1階部分がスナック店です。

三日町の七十七銀行へ向かう道の途中にあるスナック。

スナック「ブーケ」。

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気仙沼(王将マーケット)営業中のスナック。

王将マーケットの入口。
通路の両側にスナックが並んでいます。

ほとんどの店舗は休業中ですが、営業中のスナックもあるようです。

朽ち果てた看板。横向きに取り付けられていたのだと思います。

通路は、反対側の出口へつながっています。

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気仙沼(王将マーケット)映画「自虐の詩」に登場。

太田の坂道を登っていくと、王将マーケットが見えてきます。飲食店が入っている雑居ビルで、映画「自虐の詩」にも登場しています。*1
「自虐の詩」では、主人公の幸江(中谷美紀)の故郷は気仙沼で、「王将マーケット」は、学生時代の新聞配達エリアでした。

看板の側面に「王将飲食街」と書かれています。

建物の上部には、将棋の駒「王将」のモニュメント。

南側の入口。

【参考文献】
*1 横山芳一,菊田清一,今野俊宏:仙台学 vol.9 歩く見る聞く仙台(荒蝦夷,2005)「気仙沼たてもの散歩 大正昭和港町伝説」P.202

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気仙沼(居酒屋風サロン跡地)かつての歓楽街 太田。

戦前、気仙沼の太田は遊廓街(銘酒街)でした。現在は、飲食店は数えるほどしかありませんが、昭和40年代までは、一大歓楽街で、港に船が着くと船員たちは銭湯に入ってこざっぱりして、一斉に太田に繰り出したものでした。*1

坂道を登ったY字路(現在は、駐車場となっている場所)に、居酒屋風本サロがありました。いわばハイブリッド風俗ともいえるユニークな店でした。*2*3*4
2011年頃までは営業していたようです。*4

「G」というピンサロは、3人の女のコが順々に席に付き、その際に女のコと直接サービスを交渉するというかなり複雑なシステムで、追加料金1万5000円を払うと広い部屋に移動しました。*2

店の入口脇の看板には、「月 バリバリ、火 ギンギン、水 ビンビン、木 ドンドン、金 ガンガン」と書かれていました。*4

【参考文献】
*1 横山芳一,菊田清一,今野俊宏:仙台学 vol.9 歩く見る聞く仙台(荒蝦夷,2005)「気仙沼たてもの散歩 大正昭和港町伝説」P.202
*2 ミリオン出版:俺の旅(2008.8.5)「嗚呼 女体ドックに挿入る!!港町ブルース」P.103
*3 ミリオン出版:俺の旅(2009.9.1)「列島裏風俗夏スペ 18連発みちのく裏旅」P.150
【参考URL】
*4 グーグルマップ:2011年7月のストリートビュー(2016年8月2日時点)

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気仙沼(亀乃湯)震災後、復興を果たしました。

今回は、気仙沼(宮城県気仙沼市)の町並みと風俗を散歩します。

気仙沼市魚町1丁目の亀乃湯は、震災後、見事に復興を果たしたことで、テレビや雑誌で報道されている銭湯です。

周囲に他の商店は、ほとんど見当たりません。

立派な煙突。

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塩釜(尾島町の盛り場)スナック街。看板建築の木造家屋。

塩釜の盛り場である尾島町(おじまちょう)のスナック街。

木村聡氏の著作「消えた赤線放浪記」によると、風俗店としては、盛り場の入口に「ロンドン」、「中国式エステ」、そのほかにファッションヘルスもあったそうですが、現在は見当たりませんでした。*1

看板建築の木造家屋が建ち並びます。

鮮やかな黄色の建物。

【参考文献】
*1 木村聡:消えた赤線放浪記(ミリオン出版,2005)P.102

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塩釜(美容室)古い建物が多く残る本町の商店街。

塩釜市本町の商店街には、古い建物が多く残っています。

レトロな美容室。

横からみると、看板建築であることがわかります。

側面には、小さなドアや窓が密集しています。

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塩釜(旧えびや旅館)内部を見学することができます。

旧えびや旅館は、内部を見学することができます。*1
3階の廊下からは、御釜神社前の道路が見渡せます。

3階には、小部屋が4つあります。

大隈重信が宿泊した「桜の間」。

天井には満開の桜が描かれています。

【参考URL】
*1 河北新報オンラインニュース(2016.4.17)「明治期の建物『旧えびや旅館』で開館式

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塩釜(旧えびや旅館)明治初期の遊廓建築。

塩釜市本町にある旧えびや旅館は、震災前までは、茶舗「松亀園」として営業していた歴史的建物です。*1

震災による津波で一部浸水し、老朽化が進み解体の危機にありましたが、東北工大の調査の結果、明治初期の木造3階建ては塩釜では他になく、県内唯一の遊廓建築として残していくべき歴史的価値の高い建物であることがわかり、保存されることとなりました。*1

修繕され、美しい姿を見せています。

御釜神社の真向いにあって、塩釜の歴史を物語っています。*1

【参考文献】
*1 河北新報(2013.1.13)P.16「幕末・明治の遊郭建築被災し解体危機 塩釜の歴史遺産保存を」

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