会津若松(風俗ビル)上町2丁目の新しい歓楽街。

会津若松の現在の繁華街は栄町(市役所の北側)が中心ですが、上町2丁目周辺にも新しい歓楽街ができています。

交差点に設置された大看板。

バブやクラブなどの風俗店が入居しています。

夜の様子。

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会津若松(竹之湯)大きな丸籠。四角い煙突。

会津若松には2軒の銭湯があります。
上町7丁目にある銭湯の竹之湯は、大きな四角い煙突が特徴です。

暖簾のかかった銭湯の入口。

超音波浴場。

脱衣場には、大きな丸籠が並べられています。

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会津若松(野口英世青春広場)若かりし頃の遊蕩三昧。

野口英世青春通り沿いにある野口英世青春広場。野口英世の銅像が設置されています。

野口英世(本名野口清作)は、23歳のとき、坪内逍遥の流行小説「当世書生気質」を読んだところ、「野々口精作」という人物が出てくるのにぶつかりました。野々口精作は、医学書生でありながら、ふとしたことから酒と女に身を持ち崩し、遊蕩三昧の生活に溺れるという設定でした。野口、野々口と一字違いでしたが、当時、研究所の差別待遇に嫌気がさし、人々から借金を重ねては遊廓を遊び歩いていた清作は、一読して自分のことかと驚き、「英世」に改名しました。*1

清作(英世)が女を抱いたのは、東京遊学の途についた21歳の頃で、洲崎に行ったのが初めてでした。特定の女のためにというより、一種のエネルギーのはけ口といった感じが強く、金がないときは、向島から玉の井、少し金が入ると吉原と決まっていました。*1

後年、英世は、麻布の斉藤家から結婚を前提に支度金としてもらった二百円の大金を友人全員を引き連れて横浜の料亭(遊廓)の神風楼で遊び明かし、一晩で使いきったことがありました。*1

【参考文献】
*1 渡辺淳一:遠き落日(講談社,2013)P.60-P.62,P.120-P.121,P.144-P.145,P.170,P.285-P.286

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会津若松(理髪店)美髪。の貴重な近代建築。

会津若松市街には、大正~昭和の貴重な近代建築が数多く残されています。
滝谷建設工業の洋館(円柱が配置されている建物)は、昭和2年の建築。その左隣の白木屋漆器店は大正3年の建築です。

右隣には、理容室の建物。

「美髪」と書かれています。

入口のドアには、屋号の「ヤマグチ」。

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会津若松(磐見町遊廓の石碑)大正4年秋の植樹記念。

笠間稲荷神社の敷地の隣に、石碑が建っています。

この石碑は、大正4年秋の大正天皇即位を記念した植樹の際、磐見町で営業していた山田楼、小松楼、菊勢楼、八幡楼、泉楼、吉田楼、新小松楼、松島楼、松風亭、常磐の十店が、建てたものです。*1

磐見町遊廓と軍隊とは持ちつ持たれつのあいだがらで、その石碑の題額は「六十五聯隊長陸軍歩兵大佐従五位勲三等功四級山内正生」となっています。*1
市中に散在していた娼家を磐見町に集めたことなどが書かれいます。

石碑の下部に「堀江町」の名が確認できます。
会津若松の遊里は、鶴ヶ城築城、城下町形成時に、遊女町として堀江町ができましたが、会津藩初代藩主の保科正之の代(承応元年)に廃止されました。*1

【参考文献】
*1 中村とし: 民衆史研究3号(1979.01)P.2-P.17 「会津遊廓史」

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会津若松(笠間稲荷神社)荒木呉服店の屋敷社。

荒木呉服店の建物の裏側へ回ると稲荷神社の鳥居が見えます。

笠間稲荷神社。

笠間稲荷神社は、案内板の説明によると、かつての遊廓街旧磐見町にある荒木呉服店の屋敷社で、商売繁盛の神様として遊女たちをはじめ多くの参拝客を集めていました。

お堂の内部。願主に荒木氏の名前が見えます。

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会津若松(磐見町遊廓地)七日町。新地区と呼ばれた一画。

今回は、会津若松(福島県会津若松市)の町並みを風俗を散歩します。
会津若松の七日町(なぬかまち)には、磐見町遊廓がありました。*1
明治29年2月、若松市は市の発展のために、兵営設置の建白書を陸軍大臣に提出しました。早晩軍隊が若松市に常駐するのを見越した業者は、明治34年、磐見町遊廓をつくり、市内のところどころに散らばっている娼家を一ヶ所に集めて、「新地区(しんちく)」と呼ばれる一区画ができあがりました。*2
町の真ん中には川が流れ柳の木が植えられ、多くの検番や遊廓がありました。*3

旅館だっと思われる建物。

遊廓街の西端にある荒木商店の建物。

呉服屋さんの名残の看板。

【参考文献】
*1 鈴木三郎:最新若松市地圖.改訂14版(鈴木屋書店,1933)
*2 中村とし: 民衆史研究3号(1979.01)P.2-P.17 「会津遊廓史」
*3 七日町通りまちなみ協議会:七日町のいまむかし(七日町通りまちなみ協議会,1983)P.3

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武蔵小山(富士の湯)落ち着いた感じの入口。

武蔵小山駅の西側。目黒本町5丁目にある銭湯の富士の湯。

落ち着いた感じの入口。

裏へ回ると立派な煙突を間近で見ることができます。

脱衣場から見る庭園。

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武蔵小山(やきとり「鳥勇」)駅前の立呑みスペース。

武蔵小山駅前のやきとりの「鳥勇」。

大量の焼き鳥が、お皿に孤を描いて並べられています。

店の側面は、立呑みスペースになっています。

立呑みの場合は、お皿を渡され、焼き鳥を自由にとることができます。ぬる燗を注文。暖められた「高清水」のワンカップが出てきました。
焼きたてが優先的に置かれますので、好みで自分でタレにつけて食べます。お会計は、最後に串の本数を数えて清算です。

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武蔵小山(晩杯屋)立ち飲み屋。ホイス、バオス。

武蔵小山飲食街「りゅえる」にある立ち呑み屋の「晩杯屋」さん。小規模な店舗で、いつも賑わっています。

チューハイ類の品ぞろえが豊富です。チュウハイの元祖とされる幻の酒「ホイス」、こだま飲料のバイスなど希少なお酒も味わえます。
「ホイス」は、昭和24年、ホッピー同様、終戦直後の物資不足の時代に、洋酒屋の後藤商店が、ウイスキーの代用品を造ろうと内外の様々な原料を調合し、試行錯誤の末に出来上がりました。*1
「バイス」は、株式会社コダマ飲料が販売する清涼飲料水を焼酎を割った飲み物です。

バイス(セット)370円とおでん(5種)150円 を注文。料金は、あらかじめ小銭を置いておく(写真左上)のが暗黙のルールです。

「晩杯屋」さんの最大の特徴は、つまみの安さです。煮込み130円、マグロ刺し200円、アジフライ(ダブル)180円などほとんどが130円~200円です。

【参考文献】
*1 弘済出版社:散歩の達人(1998.7)P.87 「ホッピー大研究」

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