大湊(三善通り)カラフルなスナックの建物。

大湊新町のスナック街は、小松野川沿いから西側へ続いています。

「三善通り」のゲート。

カラフルなスナックの建物が建ち並ぶ歓楽街です。

反対側の「三善通り」のゲート。

参考文献

参考記事

大湊(小松野川近くのスナック街)三叉路付近。

今回は、大湊(青森県むつ市)の町並みと風俗を散歩します。
大湊の市街の中心部を小松野川が流れます。

小松野川と国道338号線が交差するあたりの三叉路付近には、スナックが密集しています。

西側の通り。スナック店の共同建築。

明治35年(1902年)に、海軍基地が設置されてから、今日に至るまで、軍隊(自衛隊)と歓楽街は、密接な関係を持っています。

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参考記事

七戸(さかた温泉)源泉かけ流しの温泉銭湯。

七戸市街の南西部にある「さかた温泉」。

源泉かけ流しの温泉銭湯です。

館内は、広くてくつろげます。

青森県の銭湯でよく見かける券売機。年中無休。朝5時から夜10時までで、入浴料は良心的な値段(270円)です。

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七戸(スナック熱海)2階への階段を上ります。

スナック熱海の建物。1階には、別のスナックが3店舗ほど。

スナック熱海(2階)への入口。

階段を上るとスナック熱海です。

大型の店舗です。

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七戸(ふれあい横丁)スナックが密集。入口のゲート。

七戸町の遊廓跡地の近くにある「ふれあい横丁」。

スナックが密集しています。

夜になると、ネオン看板が灯ります。

入口のゲート。

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七戸(七戸遊廓跡地)戦後は赤線区域。現在の東大町。

七戸の遊廓(新地)は、現在の東大町にあり、戦後は赤線区域となりました。*1

西側に、開新楼、半月楼、八幡楼、朝日楼、新月楼、東側に、常磐楼、長谷川カフェー、第二四ツ目屋、清月楼、高栄楼がありました。*2

1937年(昭和12年)の日中戦争の頃に、新地に大火があり、大部分が焼失しました。その中で、清月楼の建物は昭和14年に新築され、最後まで残りました。*1

七戸町市街案内俯瞰図*3 に「新地遊廓」の記載があるあたり。

【参考文献】
*1 奥山由蔵:七戸町営業写真家のあゆみ(奥山由蔵,1991)P.7-P.8
*2 大日本職業別明細図
【参考記事】
*3 風俗散歩(七戸):七戸町市街案内俯瞰図

参考文献

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七戸(七戸町市街案内俯瞰図)七戸町観光交流センター。

今回は、七戸(青森県上北郡七戸町)の町並みと風俗を散歩します。
JR七戸十和田駅に併設の七戸町観光交流センターには、大正天皇が皇太子時代に同町を訪れた時に使われたとされる「高等官馬車」が展示されています。

他にも、当時の写真や市街の鳥瞰図が展示されています。

七戸町市街案内俯瞰図。大正8年当時の市街の様子が示されています。

町の東側のはずれに、「新地遊廓」の記載があります。

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三戸(理容室・美容室)塔のような形のデザイン。

三戸の市街には、古い建物が多く残っています。塔のような形のデザインを持つ建物の隣には、洋風の理容室があります。

長屋風の建物。鮮魚店の隣に美容室。

カラフルなデザインの理容室。

モダンな美容室。

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三戸(金勢様の碑)松月旅館の脇。金勢大明神。

松月旅館の脇。

祠の隣に、碑が立っています。

明治10年に立てられたもので、金勢大明神と書かれています。*1

桐萩に女郎屋ができた頃に立てられたものです。*1

【参考文献】
*1 三戸町史編集委員会:三戸町史 中巻(三戸町,1997)P.384-P.385

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三戸(松月旅館)かつての遊廓、後に旅館。

現在、桐萩にある「松月」は、かつて遊廓であり、後には旅館を営み今日では貸屋となっています。*1

遊廓があった頃、検査所と呼ばれる性病検査の場所は、「松月」の向かいにありました。*1

松月旅館だった頃は、料理屋兼旅館だったのだと思います。

松月旅館は、現在は売物件になっています。

【参考文献】
*1 三戸町史編集委員会:三戸町史 中巻(三戸町,1997)P.384,P.390

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