出雲(日御崎の消火器箱)日御崎漁港近くの路地。

日御崎漁港近くの路地。

100m程の長さの路地に木製消火器箱が密集しています。

赤ペンキの剥げ具合が年代を物語っています。

宇龍でみかけた母屋に同化した消火期箱。

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出雲(遊女の墓)民宿の裏手の山の上にある海蔵寺。

出雲大社からバスで約30分のところに、日御崎があります。
日御崎からさらに徒歩で約10分。小さな湾を持つ宇龍に到着します。宇龍は、松江藩の外港として栄えました。

民宿「やすだ」の裏手の山の上にある海蔵寺。

お堂の脇に、遊女の墓があります。*1

海蔵寺から見た権現島。鳥居が見えます。

【参考文献】
*1 加藤貞仁:北前船(無明舎出版,2002)P.62

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出雲(阿国の墓)歌舞伎の創始者。奉納山公園。

今回は、出雲(島根県出雲市)の町並みと風俗を散歩します。
出雲大社の近くに、歌舞伎の創始者「出雲阿国」の墓があります。

出雲阿国は、大社町の鍛冶職中村三右衛門の子で、出雲大社の巫女であったと伝えられています。天正の頃、出雲大社本殿の修復勧進のため京都へ上り、世にいう歌舞伎踊りを創始しました。(案内板より)

奉納山公園には、出雲阿国の功績をたたえた塔が建てられています。周囲の円形の石垣には、中村歌右衛門、市川猿之助、水谷八重子、などの名前が刻まれています。

阿国は、晩年は大社に戻り、尼僧となって余生を過ごしました。阿国寺”連歌庵”には、阿国のレリーフがあります。

わが国の性的職業婦人の起源は巫女によって発生し、古代にあっては、売笑は必ずしも不徳の行為でもなく、酷業ではありませんでした。名神、大社といわれる神社が、その近くに遊廓を有していることは、古き巫女の存在を想わせるものです。これら巫女(巫娼)から出た遊女は、歌舞にまで関係していました。歌舞伎の源流が、出雲大社の巫女である阿国によって発したことは決して偶然ではありませんでした。*1
【参考文献】
*1 中山太郎:日本巫女史(国書刊行会,2012)P.42

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温泉津(長久牛乳の牛乳箱)日の出のマーク。縦に2つ。

温泉津の金剛院近くの民家。

牛乳箱が縦に2つ並んでいます。

長久牛乳の牛乳箱。

日の出のマークが特徴です。

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温泉津(尾根道からの眺め)瓦屋根の茶色。温泉街を望むのに格好の場所。

 温泉街の裏手には、山がせまっています。山には何ヶ所かの登り道があって、温泉街を望むのに格好の場所です。瓦屋根の茶色が美しい景観をつくっています。瓦屋根の茶色は、ひと色ではなく、赤っぽいものや色の薄いものなどが混在しています。

温泉街から、北側に延びる谷あい。「金剛院の裏手の尾根道は、温泉津の中でも最高の眺め。」と地元の方が教えてくれました。

坂を登りきると、苔むした尾根道が続いています。尾根の左右は急峻な崖になっています。

尾根道の終点にある愛宕神社付近から見た温泉津港方面。石見らしい風景です。

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温泉津(温泉街)置屋跡地。港町と温泉街としての賑わい。

大正時代の温泉津には、芸者仲介・検番が4軒、芸者置屋が7軒と多く、港町と温泉街としての賑わいを見せており、検番1軒で20~30任の芸者を抱えていました。*1

また、髪結い5軒、人力車夫3軒、あんま4軒、まんじゅう屋、せんべい屋などのお土産店、写真館、時計店、カフェやアイスキャンディを売る店などもあり、温泉街の風情が漂っていました。*1

大西検番があったあたり。*1

現在、薬師湯温泉があるあたりには、カフェ・芸者の「小金屋」がありました。*1

【参考文献】
*1 温泉津町教育委員会:温泉津(温泉津町教育委員会,1999)P.67-P.61

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温泉津(レトロなタバコ屋)駅前の商店街。鮮やかなたタイルの装飾。

今回は、温泉津(ゆのつ、島根県大田市)の町並みと風俗を散歩します。
JR山陰本線温泉津駅前の商店街。温泉街へは、ここから約1kmです。

レトロなタバコ屋さんの建物。

鮮やかなたタイルの装飾。

「たばこは現金で願います」と書かれたホーロー看板。

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浜田(牛乳箱)牛のマークの牛乳箱。紺屋町商店街の裏手。

紺屋町商店街の裏手にある住宅。

クボタ牛乳の牛乳箱。

牛のマークが印象的なデザインです。

箱の中に上蓋らしきものが残っていました。

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浜田(学校制服専門店)ビッグサイズのセーラー服。紺屋町商店街。

紺屋町商店街は浜田城の城下町として発展し、戦前は陸軍歩兵第21連隊が現在の浜田高校、浜田一中の場所にあり約2000人の兵隊がいたので、紺屋町商店街は大変な賑わいでした。*1

商店街に制服屋があります。

商店街の中心部にある学校制服専門店。

店の前に展示されているビッグサイズのセーラ服。かなり目立っています。

【参考URL】
*1 こんやまち商店街ホームページ「商店街概要

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浜田(地蔵尊)浜田遊廓共済組合。万年ヶ鼻。

万年ヶ鼻は、投身自殺の名所だったので、宝暦年代(1751年~62年)に古い名称の「一三年鼻」を13年に一回ではなく、一万年に一回という願いを込めて改められました。*1

万年ヶ鼻の断崖絶壁の上に、大きな地蔵尊が建っています。

台座に、「昭和4年6月建立 浜田遊廓共済組合」と刻まれています。
生きる希望を失った遊女たちがこの絶壁から波間に消えて行ったのでしょうか。*2

足がすくむ断崖絶壁。

【参考文献】
*1 児島俊平:近世・石見の廻船と鈩製鉄(石見郷土研究懇話会,2010)P.72
【参考URL】
*2 浜田の風景「狐の誘い火

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