柳ヶ瀬(金津遊廓跡地)大門通りの名残の電柱番号札。

今回は、柳ヶ瀬(岐阜県岐阜市)の町並みと風俗を散歩します。
岐阜の繁華街と言えば柳ヶ瀬です。 柳ヶ瀬は、美川憲一の柳ヶ瀬ブルースで、全国的に有名になりました。
明治22年刊行の」「岐阜市街新全図」には、金津遊廓の場所が記されています。それによると、金津遊廓は、柳ケ瀬の西側にありました。
現在は、風俗店などが建ち並ぶ商店街として繁栄しています。

この場所には、柳ヶ瀬トルコがありました。

昭和13年刊行の「大岐阜市全図」を見ると、金津遊廓があった場所は、この頃には大門通りと呼ばれていたことがわかります。

大門通りの名残の電柱番号札。

参考文献

参考記事

川崎大師(寿恵弘湯)川崎大師駅近くのビル型銭湯。

川崎大師駅近くの食品スーパーのある通り。

銭湯の寿恵弘湯があります。

開店前の入口のシャターには、こんな絵が描かれていました。

魚と蛸が描かれたガラス絵。

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川崎大師(地べた祭り)主役はエリザベス会館の人たち。

エリザベス会館の人たちは、かなまら祭りでは人気者です。撮影をせがまれ、それに応じています。

女装している人たちは、何の違和感もなく、かなまら祭に溶け込んでいます。

神輿が戻ってくると、地べた祭りが始まります。エリザベス会館の人たちが中心となって、地べたに座って酒盛りをするという企画です。

地べた祭は、この光景は奇妙なタイムスリップのような感覚を覚えます。かなまら祭の起源は、川崎の娼婦たちが神社の男根を持ち出し、境内で宴会を開いたのがはじまりとされます。祭りの主役が娼婦から女装愛好家に代わり、今、ここで繰り返されているわけです。*1

【参考文献】
*1 杉岡幸徳:日本トンデモ祭(美術出版社,2005)P.28-P.29

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川崎大師(かなまら祭での宮出し)紀伊國屋神輿。エリザベス神輿。かなまら神輿。

今回は、川崎大師の町並みと風俗を散歩します。
毎年、4月の第1週の日曜日にかなまら祭が行なわれます。

まずは、紀伊國屋神輿。かなり大型です。

続いてエリザベス神輿。こちらはずいぶんと小振りです。担ぎ手はエリザベス会館*1 の皆さんたちです。

最後にかなまら神輿。神輿を左右に大きく揺さぶるパフォーマンスは見ごたえがあります。

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亀戸(エリザベス会館跡)有名な女装クラブがありました。

亀戸駅北口を線路沿いに西へ行きます。閑静な住宅街です。

東武亀戸線、JR総武線の電車からも見えるこの場所に、女装者たちが集まるクラブ「エリザベス会館」がありました。*1
エリザベス会館は、エリザベス神輿*2 を寄贈したことでも有名です。

現在は、マンションに建て変わっています。

亀戸の商店街や駅ビルの「エルナード」の人たちは、エリザベス(女装愛好者)のよき理解者でした。たとえば、エリザベスのイベントで寿司大会を催すときに、寿司飯だけ売ってくれるお寿司屋さんやエリザベス割引ということで10%オフしてくれるクリーニング屋さんなどがありました。*1
駅ビルの「エルナード」は、現在は「アトレ亀戸」に代わっています。

【参考文献】
*1 内田かおる:別冊宝島 ウラ東京観光(宝島社,1998)P.66-P.71「亀戸に集まる女装者たち」
*2 風俗散歩(川崎大師):かなまら祭(2007.4)

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亀戸(天祖神社周辺)たて看板が乱立しています。

天祖神社周辺の路地には、たて看板が乱立しています。

痴漢・変質者注意の看板。

この界隈には、変態者が出没するようです。

いろいろな看板があります。

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亀戸(天神裏)倉庫の中のタイル張りの円柱。閑静な住宅街。

天神裏の西寄りの通り。閑静な住宅街です。

工場か倉庫のような建物。

何気なくのぞいた倉庫の中にタイル張りの円柱が残っています。トタン板でカバーされています。12

上部は白のタイルです。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(自由国民社,1998)P.26-P.27
*2 上村敏彦:花街・色街・艶な街 色街編(街とくらし社,2008)P.102

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亀戸(料亭「富久家」)亀戸花街。天神裏の通り。

亀戸天神裏の通り。かつての亀戸花街のメインの通りです。

この付近で残る料亭の建物の中では、最も規模が大きいものです。

北側と東側は、高い塀で囲まれています。

整備された庭。

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亀戸(料亭「寿々代」「七福」)三業地跡。亀戸天神の裏の通り。

亀戸(遊園地跡)電柱に遊園地のプレ-ト。

亀戸天神の裏手は、かつて私娼宿があったとされる目抜き通りです。

手書きの「遊園地」

当時の面影はありませんが、この付近の電柱のプレートには、「遊園地」と書かれています。亀戸遊園地*1 の名残と思われます。

「遊園」。

亀戸(天祖神社)私娼宿の組合の名が刻まれた玉垣。

亀戸天神の裏手に天祖神社があります。

「城東三業組合」の玉垣があります。

亀戸には、私娼宿の組合である「亀戸遊園地組合」がありました。組合の規約として1軒に2人以上の私娼を置かないというのが原則でした。*1
「亀戸遊園地」の玉垣が2本、「亀戸遊園地 総代 吉田金兵衛」の玉垣が1本、全部で3本あります。
「楽天地」、「新天地」という名前はよく聞きますが、「遊園地」というのは初めて耳にする呼び名です。もちろん、この「遊園地」は大人向けの遊園地です。

亀戸3丁目 女性の名前の玉垣。

【参考文献】
*1 道家斉一郎:売春婦論考(史誌出版社, 1928)P.180-P.181

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