全国 愛知県 > 碧南市 山神町1丁目 1旅館「吉文」跡 2旅館「吉文」跡 3旧「八千草」 4温泉街の痕跡 山神町6丁目 5ラブホテル 新川町2丁目 6長屋の大衆食堂 新川町3丁目 7成人向け雑誌自販機 弥生町3丁目 8元理髪店の建物 9花街跡 港本町 10衣浦海底トンネル 衣浦 棚尾
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衣浦

棚尾

棚尾(衣浦海底トンネル)犬糞の貼り紙。歩行者用のトンネル。

三河湾の碧南市側と半田市側を結ぶ衣浦トンネルは、自動車専用の有料道路の他に、歩行者用のトンネルがあります。

海底トンネルの入口部分の階段の踊り場に「犬の糞お断り」の張り紙があります。

海底のトンネルは約500m。内部は非常に涼しいです。

海底トンネルの中央部分。ここにも「犬の糞お断り」の張り紙があります。

棚尾(元理髪店の建物)棚尾本通りの商店街。

棚尾本通りの商店街に古い長屋風の大きな建物があります。

元理髪店の建物です。

建物の前面は、タイルの装飾が施されています。

「理容」と書かれています。

棚尾(花街跡)料理屋や旅館などが集まる繁華街でした。

今回は、棚尾(愛知県碧南市)の町並みと風俗を散歩します。
名鉄三河線の碧南駅の南東の棚尾の本通りから南へ一歩入った通りから八柱神社の北側周辺は、かつては料理屋や旅館などが集まる繁華街でした。

棚尾本通りに面した「太郎吉饅頭屋」の向かい側には、料理旅館の「大坂屋」がありました。

「太郎吉饅頭屋」手前の道を左折したあたりには、銭湯の「栄湯」がありました。

「栄湯」の前の路地を一本入ったところに「芸奴組合」がありました。

【参考文献】
*1 日本住宅地図出版:碧南市・高浜市(日本住宅地図出版,1977)P.73-P.74

衣浦(成人向け雑誌自販機)18歳未満の方お断り。

新川町駅前の商店の脇に、古い自動販売機があります。

ボタンで商品を選ぶ方式です。

週刊誌の自動販売機。

「18歳未満の方は、この雑誌を読むことはできません。」と書かれていることから、成人向けの週刊誌が販売されていた自販機であると考えられます。

衣浦(長屋の大衆食堂)ユニークな看板建築。

名鉄三河線の新川町駅前の商店街に、飲食店が入る長屋の建物があります。

大衆食堂の建物。

物干し台のような形状のユニークな看板建築です。

丼物一式、うどん、そば。

衣浦(ラブホテル)旧湯本本館跡地。階段の左側。

崖上にある吉文旅館から下るコンクリート階段の左側は、湯本旅館があった場所です。

現在、この場所には大きなラブホテルがあります。

かつての絶景の地「衣浦温泉」は、住宅とラブホテルが混在する町並みに変貌しています。

建物の裏側(崖上側)。こちらにもホテルの入口があります。

衣浦(旅館「吉文」跡)青色のタイルの円柱。

崖上から旅館「吉文」跡の建物を眺めます。建物の裏側に装飾はなく、黒塗りの板壁がむき出しの状態です。

側面の壁に「吉文」の「吉」と思われる文字が確認できます。

周囲の電柱の番号札には、「吉文」と書かれています。施設の名前(屋号)が電柱番号札に記載されるのは、珍しいケースです。

建物裏側にある青いタイルの円柱。

衣浦(旅館「吉文」跡)鱗のようなガラス窓。

旧海岸線であった低地から登るコンクリートの階段。その崖の上に、旅館「吉文」の建物が残っています。
古い住宅地図1 によると、旅館「吉文」は、湯本旅館の南隣とこの場所の2か所に記載があります。片方が本館で片方が別館だったのかもしれません。
料理旅館「吉文」は、昭和29年12月に開業しました。
2

旅館の東側の端に円筒状の部分を持つ特異な建造物です。

鱗のようなガラス窓の並びは当時としては、奇抜なデザインだったに違いありません。

建物は、崖の上に南向きに建っています。

【参考文献】
*1 善隣出版社:碧南市・高浜市(善隣出版社,1971)P.14
*2 碧南市史編纂委員会:碧南市史(碧南市,1974)P.952

衣浦(旧「八千草」)旅館だった建物。

衣浦温泉の旧旅館街には、昔の面影が残る建物がいくつかあります。

旧「八千草」。旅館だった建物です。

南西方向から見た外観。

2階部分は、窓が二段になっています。

衣浦(温泉街の痕跡)現在も残る「衣浦温泉組合」の行灯。

今回は、衣浦(愛知県碧南市)の町並みと風俗を散歩します。
第二次世界大戦の頃、山神町に、東端の海軍航空隊兵士の慰安所設置が要望され、昭和19年に15業者によって、特殊飲食店街が作られ、一時は、市内の一大歓楽街でした。終戦後の昭和29年頃から料理旅館への転業を計画した業者たちが昭和30年に温泉開発を計画してボーリングを行いました。昭和31年に温泉が認可され、温泉街として再スタートしました。当時は、湯本本館が各旅館に配湯していましたが、昭和60頃には湯量も減り、配湯は中止となりました。*1

現在も「衣浦温泉組合」と書かれた行灯が残り、温泉街の名残が見られます。

「寸楽」という屋号が書かれた行灯。

衣浦温泉の名が残る駐車場の看板。

【参考文献】
*1 碧南事典編さん会:碧南事典(碧南市,1993)P.81-P.82