三本木(産馬通り)料亭「一心亭」跡地

三本木町(現在の十和田市)は馬産の町として知られ、に、明治17年(1884)に陸軍省軍馬育成所が設置され、馬せり(馬市)のときは、まるでお祭りのように人が集まり、周辺の旅館・商店は産馬で潤いました。馬主は、料亭に上がり込み、百円の札ビラを切るので料亭の主人は釣り銭に困るほどでした。*1
産場通りは、町の中心街で、代表的なものに、一心亭(産馬通り)、忍亭(五丁目東裏)がありました。*2

当時、本通り現東映付近に料亭「一心亭」がありました。*3
現在、その面影はありません。
「一心亭」は、魚屋の「一心太助」からとって「一心亭」と名付けられました。*4

「産馬通りでサンバを!」というアイディアで、毎年、「十和田サンバカーニバル」が開催されています。

産馬通りから北へ入った通りは、かつての料亭街でした。

《参考文献》
*1 むつ小川原産業活性化センター:むつ小川原ガイド(むつ小川原産業活性化センター,)馬と歩む奥州路 ···外部リンク···

馬市と産馬通り
 馬産の町として知られていた十和田市(当時は三本木町)に、陸軍省軍馬育成所が設置されたのは明治17年(1884)。その後、軍馬補充部三本木支部と改称され、数万頭の軍馬を育成する全国一の規模を誇った。 …read more

*2 江渡武多朗:*十和田市流通業界今昔物語(皆さんの新聞社,1976)附・十和田市流通業界のぞきみて歩きの記

料亭方面を探訪すると、代表的なものに、一心亭(産馬通り)、忍亭(五丁目東裏)があった。 …read more

*3 日刊東北社:写真集「なつかしの三本木」 のしおり(日刊東北社,1977)

P.10
◎料亭一心亭 今は裏手にあるが当時本通り現東映付近にあった一心亭。
◎島田楼 元新地通り現西十一番町にあった。

*4 新渡戸憲之:十和田(旧三本木)開拓の秘話(太素顕彰会,1986)

P.32
「一心亭」は、新潟の方の人で、舟で料理か何かの商売をしていたと言いますが、三本木に来て、その内に商売(料理屋)を始めるから名前をつけて欲しいと「精蘇さん」の家に来たんです。そこで、魚屋の「一心太助」からとって「一心亭」ではどうかと決まったものでした。

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