大須(戦後生まれた飲食街)旧墓地跡

かつての北野新地近く。旧墓地だった場所に古い飲み屋街があります。

昭和38年の名古屋タイムズに、明王殿(大光院)の旧墓地跡に戦後生まれた飲食街「”新地”は戦後の新名所」と題し、次のような記事があります。*1
一杯飲み屋からバーなど約百軒がぎっしり並び、夜は不夜城となる。木造二階建の床がきしむような長屋を改造して階上を居間、階下が店となっており、ケバケバしい化粧をした女が客のそでをひく。「あそこは遊ばせる」という風評があるだけにそれ目あてにくる客もあるとか。

東側の一画。

呑み屋街の裏側(公園側)。

*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:大須レトロ(樹林舎,2010)P.48

大須(三国楼の楼主の記念碑)旭廓を開いた中心人物

矢場町にある万年寺。

旭廓を開いた中心人物の三国楼の楼主中村正平の記念碑があります。

碑文には、次のように書かれています。*1
彼は天保八年(1837)袋町に誕生した。梅毒が蔓延するのを憂え、役所に遊廓を開くのを願い出た。まず自ら、この地に移った。しだいに移り住む人が出てきて、この地は新地と呼ばれるようになった。明治七年、転居する者たちを監督する役目についた。しだいに新地は栄えるようになり、名古屋第一の繁栄する地になったのは、彼の業績である。明治二十二年十二月二日、彼は五十二歳の生涯の幕を閉じた。

漢文で書かれていますが、”遊廓”、”廓”などの文字が確認できます。

【参考文献】
*1 沢井鈴一:名古屋大須ものがたり(堀川文化探索隊,2010)P.31-P.32

大須(北野天満宮)遊廓寄進の玉垣

北野天満宮には、遊廓から寄進された玉垣が何本も立っています。*1

この付近にあった北野新地は、周囲を墓地に囲まれ拡張できないため、明治8年、移転して旭廓となりました。*2
玉垣に大正6年と刻まれているので、旭廓ができた後に寄進されたものです。

「本家長壽楼」の玉垣。他に、「分家楽長壽楼」と刻まれた玉垣もあります。
「本家長寿楼」は、旭廓の日吉町にあった遊廓の屋号です。長寿楼は、たくさんの分家があったらしく、「新長寿楼」「楽長寿楼」「盛長寿楼」「清長寿楼」「繁長寿楼」がありました。*3

「福岡楼」「金波楼」「新金波楼」は、旭廓の大門町にあった遊廓の屋号です。*3

【参考文献】
*1 沢井鈴一:名古屋大須ものがたり(堀川文化探索隊,2010)P.29
*2 愛知県郷土資料刊行会:名古屋市史(愛知県郷土資料刊行会,1979)P.417
*3 南博:近代庶民生活誌(三一書房,1993)P.83-P.84「全国遊廓案内」

大須(北野新地跡地)安政年間にできた遊廓

清安寺の墓地囲まれた地に、安政年間(1854~60)遊廓ができました。「安政年間大須新地遊廓之図」によると、遊廓(元新地)の東の境界に大光院墓地と書かれ、北野天満宮(北野神社)が絵が描かれています。西の境界には清安寺の裏門が描かれており、元新地(北野新地)があった場所は、現在の北野神社付近と推察されています。*1

現在、当時の名残はありません。

逆方向から。

北側の通り。写真左側が清安寺。写真奥は、大光院墓地跡と思われます。(現在は公園)

【参考文献】
*1 沢井鈴一:名古屋大須ものがたり(堀川文化探索隊,2010)P.30,カラー口絵「安政年間大須新地遊廓之図」「現代の大須」

大須(新天地通り)映画館街

今回は、大須(愛知県名古屋市中区)の町並みと風俗を散歩します。
大須の歴史は古く、大須の街を栄させたのは観音さまであり、遊廓でしたが、明治末期から大正、昭和と盛り場・大須の看板だったのは映画館でした。新天地通りは、映画館4館が建ち並ぶ映画館街で、北端の日活シネマ、続いて大須大映、名古屋劇場、万松寺日活と並んでいました。*1

現在は、電気街になっています。

映画館4館の中央にあった名古屋劇場は、昭和47年の焼失し、昭和52年、東京のアメ横、秋葉原の電気街の店を誘致して「ラジオセンター・アメ横共同ビル」をオープンさせ、のちの「大須電脳街」を形成しました。*1

駐車場から見た新天地通り。

【参考文献】
*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:大須レトロ(樹林舎,2010)P.120,P.126

栄(屋上観覧車)現存する日本最古

栄町交差点の南東の角にある名古屋三越。

屋上に遊園地があります。

屋上遊園地には、小さな観覧車があります。

現存する日本最古の屋上観覧車で、2007年に登録有形文化財に指定されました。高さ12m、直径が9.5m。2005年7月に営業を終了しました。*1

【参考文献】
*1 福井優子:ニッポンの観覧車(イカロス出版,2009)P.78

栄(むつみ小路)飲み屋街

プリンセス大通りを南に入った左側にあるむつみ小路。
むつみ小路は、栄小路は、松竹小路(現在は消滅)とともに、戦後の街づくりに貢献しました。*1

奥まったあたりの建物。

夜は、飲み屋街として賑わいます。

むつみ小路の看板。

【参考文献】
*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:名古屋なつかしの商店街(風媒社,2014)P.74-P.75

栄(栄小路)戦後の街づくりに貢献

栄のプリンセス大通り(丸栄と明治屋栄ビルの間の通り)を南に入ったすぐ右側に栄小路があります。
南呉服町と住吉町を結ぶ東西約90mの小路で、当時は約16の飲食店が軒を連ねました。八幡屋、夜来香本店は、当時から営業していた飲食店です。*1

現在も残る八幡屋。

北側は、駐車場になってしまったので、現在は片側だけの小路です。

夜の栄小路。
栄小路は、むつみ小路、松竹小路(現在は消滅)とともに、戦後の街づくりに貢献しました。

【参考文献】
*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:名古屋なつかしの商店街(風媒社,2014)P.74-P.75

栄(キャバレー跡)屋上大看板

名古屋市中区の錦通り。名古屋銀行の向かいに、キャバレー太平洋の建物が残っています。現在は閉店しており、ビルの壁面には風俗広告看板が設置されています。

屋上に残る「キャバレー太平洋」の大看板。

当時は、ネオンが輝いていたのだと思います。

看板下部にはダンサーの姿が描かれており、華やかだった頃が偲ばれます。料金は3コース制。
A ¥4,000:8時まで入店のお客様。1時間1ドリンク
B ¥6,000:1時間半2ドリンク
C ¥8,000:1時間半飲み放題

栄(栄交差点小便小僧像)ベルギー政府から寄贈

2014年9月25日、栄町商店街は、ベルギーの首都ブリュッセルの有名繁華街ルイーズ通りと姉妹提携を結びました(案内看板より)。

姉妹提携を記念して、2015年8月22日、ベルギー政府から栄町商店街に小便小僧像が寄贈され、栄交差点に設置されました。*1
小便小僧の起源とされているのは、ブリュッセルに設置されているフラマン人彫刻家ジェローム・デュケノワ(Jérôme Duquesnoy)により1619年に製作された像ですが、寄贈された小便小僧はそのレプリカと思われます。

この日は、小便は出ていませんでした。

小便小僧とベルギー国旗がデザインされたワインも展示されています。

【参考URL】
*1 産経新聞:産経フォト(2015.8.22)<ahref=”http: www.sankei.com=”” photo=”” daily=”” news=”” 150822=”” dly1508220034-n1.html”=”” target=”_blank”>名古屋・栄に「小便小僧」ベルギー政府から寄贈

錦(風俗雑誌「シティヘブン」)厚さを10年前と比較

今回は、錦(愛知県名古屋市中区)の町並みと風俗を散歩します。
錦の風俗散歩は、前回(2006年7月)に引き続き、今回で2回目です。

10年前は、コンビニで購入した風俗雑誌「シティヘブン」の冊子の厚さに驚愕しました。*1

今回も、コンビニで「シティヘブン」を購入。しかし、10年前に比べると、冊子の厚さは、かなりスリムになっています。スマホなどの端末機器が普及したことが影響しているのでしょうか。

駐車場の看板広告は盛況です。

【参考記事】
*1 風俗散歩(錦):風俗雑誌「シティヘブン」(2006.7)

今池(ニューヘルスビル)近くに「今池特浴」

今池5丁目。「ウェルビー今池(写真右側)」の道路を挟んだ向かい側は、スナックなどが入るビルです。(写真左端は、「キャバレー花園」の看板)

ニューヘルスビル。

「ヘルスビル」と言えば、「道後ヘルスビル」*1 を思い出します。

古い市街図を見ると、この場所(「キャバレー花園」の隣)には、スーパー銭湯と思われる「ニューヘルスセンター」があり、これがビルの名称になったと考えられます。どうやら、風俗店の”ヘルス”とは無関係だったようです。
餃子の王将の隣(写真左上)には、「今池特浴」の名があります。こちらは、風俗店だったのでしょうか。

【参考記事】
*1 風俗散歩(道後温泉):道後ヘルスビル(2009.5)

今池(スオミの湯)ハッテン場跡

イオン今池店の北東側の角に、かつて、スーパー銭湯の「スオミの湯」がありました。現在は、取り壊され、更地になっています。

「スオミの湯」は、名古屋の代表的なスーパー銭湯のハッテンバ場(3か所)、①竜泉寺ウォーターパーク、②あさひの舎、③今池スオミの湯、に紹介される有名なハッテン場でした。チェーン展開している「スオミの湯」は、純アルカリ性のお湯を使用した銭湯で、電気風呂かにジェットバス、から塩サウナや韓国エステまでありました。中年から若者まで、特に一般客が減る夜から深夜にかけては、ゲイ遭遇率はかなり高いものでした。*1

現在も残る「スオミの湯」駐車場。

当時の面影を残す遺構です。

【参考文献】
*1 Badi(1999.8)P.57「全国最新ハッテン場ガイド99」

今池(今池交差点)ブロードウェイ

今回は、今池(愛知県名古屋市千種区)の町並みと風俗を散歩します。

今池交差点に、今池の歴史とが掲載された案内が設置されています。

昭和49年当時の写真。新今池ビルに、「今池劇場」と「今池地下劇場(成人映画館)」の看板が見えます。

交差点に設置された水着の女性のオブジェ。「今池ブロードウェイ」と書かれています。

筒井町~車道(車道大市場)寿司店

筒井町の南側(地下鉄桜通線の車道駅の南側)に車道商店街があります。
車道市場は、大正時代から続く商店街です。*1

車道大市場。寿司店の「龍文(たつふみ)」は、現在も営業中です。

市場の建物の隣にレストランや料理屋の建物が建ち並んでいます。

建物の裏側は空地になっています。

【参考文献】
*1 名古屋タイムズ・アーカイブス委員会:名古屋なつかしの商店街(風媒社,2014)P.26-P.27