林順信: *東京路上細見2 (平凡社,1987)日本橋・人形町・銀座・築地・佃島

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外神田二―六―三の表札を見ると、大きな看板の下がった家がある。看板には、「神田芸妓・芸妓置屋組合」と書かれている。ここが見番であった。今から30年くらい前なら、この一帯はもっと多くの三業(待合、料理屋、芸妓屋)がそろっていていた。
男坂の途中の左手には、有名な料亭の「開化楼」がある。
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昌平橋から旅籠町に通ずる、以前台所町といったところから西へ、神田明神の男坂(別名石坂)をながめた図である。
男坂の左手の高楼は、料亭として名高い「開化楼」である。
時は、1900年。「新撰東京名所図会 神田区之部」(明治33年)、「台所町より神田神社男坂を望むの図」