林順信 東京路上細見1 平凡社 湯島・本郷・根津・千駄木・神田 1987

花街をひかえた神田明神下の賑わい

P.275 外神田二―六―三の表札を見ると、大きな看板の下がった家がある。看板には、「神田芸妓・芸妓置屋組合」と書かれている。ここが見番であった。今から30年くらい前なら、この一帯はもっと多くの三業(待合、料理屋、芸妓屋)がそろっていていた。 男坂の途中の左手には、有名な料亭の「開化楼」がある。 P.276 昌平橋から旅籠町に通ずる、以前台所町といったところから西へ、神田明神の男坂(別名石坂)をながめた図である。 男坂の左手の高楼は、料亭として名高い「開化楼」である。 時は、1900年。「新撰東京名所図会 神田区之部」(明治33年)、「台所町より神田神社男坂を望むの図」

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神田明神下(開化楼跡)高楼がそびえたっていました。