安来港誌改訂編集委員会: 安来港誌 (安来港誌改訂編集委員会,2009)百年前の港町安来の町誌

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(安来節の)成立と芸妓と料理店
今から五十年前、天保年間に藩の頭分を本町の御用係にした。御用係は本町が船舶多数の出入地であることを考え、土地繁盛を図るため遊廓の設置を請願し、遂に認可を得た。それより明治初年までは次第に繁昌したけれども維新後は衰え、また昔の面影を留めていない。
後年汽船の出入りが頻繁になり、再び勢いを挽回して明治24,5年頃は、三十四、五名の娼妓をみるようになったが、始め芸妓を置いて地元の繁栄を導き、商港成り立ちの一助としようとした。後年娼妓が廃止されてから、芸妓の全盛時代となる。
各検番を通じて常に三十名の前後を下らず、一流の絃曲(原曲)に安来節の本場の芸妓である特徴を発揮して、遊客は旅の情を慰めていた。検番は現在、安来検番、福島検番、二岡検番の三軒で、各旅館、料理店とも芸妓の出入りは自由であった。料理店の主なものは、山常、瓢家、飯島屋、森田菊助、たなべ、釜田屋、小浜、十神館、田中屋、立花屋、である。