今回は、西小山(東京都品川区)の町並みを散歩します。
西小山花街は、立会川の両岸300メートルの範囲にあり、花柳界の全盛は昭和10年前後で、芸妓は120人がいました。太平洋戦争が始まると戦時体制が強化のため、料亭・待合は営業停止となり、戦後再出発しましたが、戦前の勢いは失われていました。*1

料亭「寿づき」があったあたり。

その奥にも料亭がありました。

料亭「小港」「川よし」があったあたり。

今回は、西小山(東京都品川区)の町並みを散歩します。
西小山花街は、立会川の両岸300メートルの範囲にあり、花柳界の全盛は昭和10年前後で、芸妓は120人がいました。太平洋戦争が始まると戦時体制が強化のため、料亭・待合は営業停止となり、戦後再出発しましたが、戦前の勢いは失われていました。*1

料亭「寿づき」があったあたり。

その奥にも料亭がありました。

料亭「小港」「川よし」があったあたり。

「西小山(花街跡)西小山花柳界の全盛は昭和10年前後。」への2件の返信
麻布や蒲田で黒湯が湧き出る温泉と同じく、西小山の立会川沿いにも「西小山温泉」がありました。
祭りの時は、神輿を担いだ人に当日温泉無料券が配られた想いでが・・。
2階には畳敷きの大広間と宴芸台が設けられ、大衆娯楽施設として多くの人々に親しまれていました。
西小山花街は立会川沿いに、五反田花街は目黒川沿いに位置し、互いに花柳界として刺激し合う関係にありました。
その交流と競い合いが、西小山花街の活性化にも大きく寄与していました。