東京都歴史文化財団 江戸東京たてもの園 解説本 2003

鍵屋(居酒屋)

P.42 鍵屋は、1856年(安政3)に居酒屋として建てられたと言い伝えられている。その頃の得意先には、上野寛永寺の名もあったという。その後、明治から大正、昭和初期まで酒の小売り店を営み、昭和の初期から店の片隅で夕方だけ一杯飲み屋を始め、戦後の1949年(昭和24)、本格的に居酒屋として営業を始めた。 鍵屋は、金杉通りと言問通りがぶつかる角近くにあり、都電の坂本二丁目停留所のそばで、山手線鶯谷駅からも程近い距離にあり、地の利に恵まれていた。 歴史を持つこの建物と主人が醸し出す雰囲気、そして旨い酒と肴は、多くの人々に愛された。戦後の「酒はカストリ」の時代から店のメニューはしだいに増え、鰻の子のくりから焼き(=うなぎの串)や煮奴(にやっこ)、味噌田楽などそれぞれの肴が絶品と言われた。 主人の清水幸太郎氏は無口で黙々と仕事をしていた。この店では女性だけの客、飲みすぎの客は断られた。

この文献を参照している記事

武蔵小金井(鍵屋)木製の熱燗機。カブトビールのポスター。