上村敏彦: 東京花街・粋な街 (街と暮らし社,2008)

P.164 西小山花柳界の全盛は昭和10年前後だった。料亭・待合が四十五軒、芸妓置屋が四十二軒、芸妓は芸者と半玉合わせて120人がいたという。太平洋戦争が始まると戦時体制が強化され、料亭・待合も営業停止となった。戦災でかなりの被害を受けた花街は、戦後の混乱が落ち着いた同25年に5軒の料亭から再出発した。新たに二業地組合を設立し、同31(1956)年には20軒まで増加したが、戦前の勢いは失われていた。