塩満一: アメ横三十五年の激史 (東京稿房出版,1982)

P.7-P.10 (二)アメ横俯瞰図 アメ横問屋街連合会 アメ横商店街は、17支部からなる連合商店街で、これらをひっくるめて、“アメ横問屋街連合会”と呼称。 アメ横問屋街連合会は、国電上野駅と御徒町駅とを結ぶ高架線下500メートルの商店街とアメ横本通りをはさむ西側商店街の集合体で、上野四丁目に位置し、通称“アメ横”で一般に知られている。当連合会の歴史は浅く発足戦後、戦災により廃墟と化した上野に発生した、いわゆる“闇市”から始まる。業種構成は多種多様にわたり未取り扱品は米穀調味料を除くのみといわれている。すなわちその割合は、輸入衣料雑貨、貴金属、皮革品、海産物鮮魚、スポーツゴルフ用品、菓子類、舶来化粧品、食旅費ん缶詰、海苔、となっている。 P.11-P.12 (三)三角地帯のビル化 ヤミ市から近藤マーケットの建設、と幾多の変遷の中に、不法建築だから取り壊せと、命令を受けながら、生活権の養護という立場を理由に頑張り通してきたアメ横商店会の中にもビル建設の件は問題になってきたが、仲々実現に至らなかった。ところが、たまたま、国鉄が東北、上越の新幹線実施計画に伴って、急遽アメ横商店街の中程の高架線下にあった変電所移転を強行したため、“アメ横”がこの空き場所を借りることに成功し、“アメ横センタービル”建設が実現の運びとなった。