岐阜(ダンスホール跡)現在は洋食店です。

名鉄岐阜駅に近い羽根町に、75年前から当時の姿で今現在も存在している建物があります。

芸文ダンスホール。建物全体が白いタイルで覆われています。

現在は、イタリア料理店*1 となっています。

建物側面の通用口。

【参考URL】
*1 イタリア料理「Ristorante BucaLupo」:ホームページ

岐阜(新栄町)国際園跡の南側

国際園跡の南側の新栄町。すぐ近くは岐阜駅前の大通りです。

お茶漬け屋さんの建物。

ここも何かの商店だったのでしょうか。

長屋風の建物。角の穴あきブロック塀がアクセントになっています。

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岐阜(国際園跡)「ミカド」の建物

飲み屋が入る古い長屋の建物があります。

「ミカド」という屋号だった店。

建物のコーナーの部分に入口があります。

長屋には3つの店が同居していますが、それぞれ趣きがあります。

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岐阜(国際園跡)「国際」と書かれたプレート

国際園は、戦後にマーケットの一部として発展した集娼地区でした。国際園は、はじめ国際街と呼ばれ、岐阜市の中心に位置する金(こがね)神社の境内にありました。大宅壮一さんは、「日本の裏街道を行く」*1 の中で、「神社の入口に、公衆便所と並んで”国際街”とネオンで書いたアーチをくぐると、その中はまるで娼家のトンネルであった。」と語っています。昭和31年国際街の移転が決まりましたが、その土地区画は、鉄道(JR)を挟んで金津園(現ソープランド)とは真向かいに位置していました。*2
花園町のあたりの電柱には、「国際」と書かれたプレートがあり、この付近が国際園があった場所だと思われます。

スナック風の建物が並ぶあたり。

玄関部分がタイルで装飾されています。

和風の建物。

【参考文献】
*1 宅壮一:日本の裏街道を行く(文芸春秋新社,1957)
*2 加藤政洋:敗戦と赤線(光文社,2009)P.136-P.142

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