全国 > 東京都 > 台東区 根岸鶯谷浅草橋浅草上野吉原 上野公園 1吉原の妓楼「三浦屋」の再現展示 2大正期の下町の町並みを再現展示 3聖天島のひげ地蔵 4不忍池 5五條天神社の奉納額

上野(吉原の妓楼「三浦屋」の再現展示)下町風俗資料館。

下町風俗資料館の2階の特別展示(令和元年12月7日~令和2年2月24日)は、資料館が所蔵する「江戸風俗人形」の展示です。
吉原の妓楼「三浦屋」を再現したものです。檜細工師・三浦宏氏による建物(模型)は30年以上も前に制作されたものだそうです。*1

内所」と呼ばれる、妓楼の楼主の居間。

格子を組んだ「張見世」。

花魁。

参考文献

*1 台東区立下町風俗資料館 特別展「江戸風俗人形」の世界 下町風俗資料館号外 2020.12.7
特別展「江戸風俗人形」世界 建物・人形・小物三位一体の妙 「江戸風俗人形」は、かつて日本有数の歓楽…

タクソノミー(分類)

資料館・博物館 上野公園

関連記事(「公共空間」「台東区」)

上野(吉原の妓楼「三浦屋」の再現展示)下町風俗資料館。
上野(大正期の下町の町並みを再現展示)下町風俗資料館。

上野(大正期の下町の町並みを再現展示)下町風俗資料館。

上野公園にある台東区下町風俗資料館。

1階は大正時代の下町の町並みを再現した常設展示です。長屋の井戸端が再現されています。

物干し竿。

駄菓子屋の店内。

上野

上野(聖天島のひげ地蔵)後ろから見ると男根。

不忍池の中の島の北側に、小さい聖天島があります。*1

ここに「ひげ地蔵」と呼ばれる地蔵があります。「ひげ地蔵」は、島に西側に西面して建っていて、前から見ると杖を持ち、マントを羽織っています。12
この土地がもと藤堂家のもので、この像とほぼ同形の役行者像が、染井にある藤堂家の所有地(現在は赤塚山慶学院乗蓮寺)にあったことから、この像は、山岳宗教の修験道の役行者(えんのぎょうじゃ)とみることができます。*1

聖天島の東側には橋が架かっていますが、中に入ることはできません。

ここから、「ひげ地蔵」の背面を見ることができます。「ひげ地蔵」は、後ろから見るとそのマントは亀頭になり、どう見ても男根そのものです。
日本人はもともと性におおらかなで、その国民性を表している石像としては、道祖神が有名ですが、その道祖神のエロスと生殖の象徴性が地蔵へと転写されたものと考えられます。*2

【参考文献】
*1 原浩三:性神探訪(八重岳書房,1970)P.82-P.84
*2 ウィリアム・R.ラフルーア:水子(青木書店,2006)P.160-P.164

上野(不忍池)中島のまわりにあった出会茶屋。

不忍池は、江戸時代、有数の出会い茶屋の密集地帯でした。*1

「江戸名所図会」の「不ばずの池、中島弁財天社」や歌川広重「名所江戸百景」の「上野清水堂不忍ノ池」を見ると、池の中央部に中島が築かれ、中島のまわりを、水面に突き出すようにびっしりと建物が取り囲んでいますが、これらはすべて茶屋で、そのうちの何軒かは出会茶屋でした。*1

このあたりにも、かつては茶屋が並んでいたのだと思います。

現在の池畔には観光客向けの茶店が建ち並んでいます。

【参考文献】
*1 永井義男:江戸の下半身事情(祥伝社,2008)P.32

上野(五條天神社の奉納額)に待合の店名。大正十五年。

上野公園にある五条天神社。不忍池がすぐそばにあります。

大きな奉納額(大正十五年と記されています。)

奉納額の右側のほとんどは、待合の店名です。

江戸時代から明治時代にかけて、不忍池畔には、待合茶屋がありました。「東京新繁盛記」には、「名はすなわち茶店にして、その実はみずから酒肉を売るものあり。これを呼んで酔茶店と謂うもまた可なり。あるいは妓と客とを宿し、比翼の枕を貸すものあり。」との記述があり、こうした宿泊は、明治8年頃から盛んになりました。*1

左側には、見番や料理屋の名が書かれています。

【参考文献】
*1 遠藤鎮雄:百年前の東京風俗探訪(学芸書林,1976)P.78-P.79