明治三十七、八年頃の内湛浦と附近の略図*1 には、稲荷神社下の通り※1 から西浜の港に面した通りに「廓街」の記載があり、「廓街」はL字型に伸びていたと思われます。
西浜の遊廓街の入り口のあたりには、大島楼、岡本楼、朝日楼がありました。※2
旧開化楼と思われる建物。※2
すぐ後ろには、崖が迫っています。
当時の風格を残しています。
多度津(遊廓跡)西浜
参考文献
*1
米田明三一太郎ヤーイ多度津町文化財保護協会会報 第20号多度津町文化財保護協会1977
P.12
明治三十七、八年頃の記憶に基づく内湛浦と附近の略図(「明治37年5月28日丸亀連隊の御用船へ乗船時…