浅草橋(石塚稲荷神社)江戸時代の創建。玉垣に料亭の名。

浅草橋のJR総武線高架の近く。

江戸時代の創建されたとされる石塚稲荷神社があります。

入口の門柱には、柳橋芸妓組合、料亭組合の名が刻まれています。

料亭の名が刻まれた玉垣。

参考文献

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浅草橋(柳橋の花街跡)現在はビル街。当時の料亭と思われる建物。

柳橋の花街跡。現在はビル街になっていて面影はありません。

当時の料亭と思われる建物。

当時の住宅地図には、料亭「宮城」と記されています。

旧料亭の建物は、次々とビルに建て替わっていく中、当時の建物が残っているのは、貴重と言えます。

参考文献

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浅草橋(首尾の松)吉原遊廓に行く通人たちが「首尾」を求め語った。

今回は、浅草橋(東京都台東区)の町並みを散歩します。
隅田川沿い(蔵前橋の西側)に松の木が生えている場所があります。

「首尾の松」の碑。

「首尾の松」の由来については、吉原遊廓に遊びに行く通人たちは、隅田川をさかのぼり山谷堀から入り込んだものだが、上り下りの舟が、途中この松陰によって「首尾」を求め語ったところから、という説があります。(案内看板より)

隅田川沿いの名所江戸百景のモニュメントで紹介されている「首尾の松」。

参考文献

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銀座(名店「三州屋銀座店」)1968年創業の老舗割烹。

銀座2丁目の並木通りにある細い路地の突き当りに、名店「三州屋銀座店」があります。奥まった場所にあるから昼から呑むには都合がいいそうです。*1

1968年創業の老舗割烹です。*1

名物は鳥豆腐、カキフライなど。*1

店の入口から、路地を振り返ったところ。

参考文献

*1
ぴあ東京昼酒場100せっかく酔うなら昼間から… ぴあ
P.21 1968年創業。モダンに移り変わる銀座の片隅で変わらぬ味わいが魅力の老舗割烹。 銀座並木通りにあ…

参考記事

銀座(金春小路)かつては置屋や待合が並ぶ花街。

かつて、置屋や待合が並ぶ花街だった銀座8丁目の金春通り。近くには、銭湯の金春湯もあります。※1
金春小路(こんぱるこうじ)と書かれた小さな看板。

小路の入口は非常に小さく目立ちません。

かつての花街の路地は、現在はバーやクラグが引き継ぐ夜の街の路地となっています。*1

L字型の路地はさらに奥へ続き、反対側の通りへ出ます。

参考文献

*1
岡本哲志銀座を歩く江戸とモダンの歴史体験 学芸出版社2009
花街の路地を巡る銀座八丁目
P.164-P.167 煉瓦街からはじまる銀座の路地の歴史は、戦後、空地に短いI型の路地を通し、両側に飲食店を…

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※1銀座(金春湯)文久3年開業の歴史ある銭湯です。

銀座(路地の中の自動ドア)通り抜けできます。

銀座七丁目の豊岩稲荷※1 から煉瓦街時代のI型路地をさらに北へ向かいます。

突如、現れる自動ドア。

自動ドアには「通り抜けできます。」と書かれてあります。ドアを開けて中へ入ると喫茶店の店内に通じていて、その奥にまた自動ドアがあります。

銀座グリーン97のビル内に作られた銀座通りから裏通りに抜ける短いⅠ型路地。写真の左右方向に自動ドアあがあって、豊岩稲荷から続く古いI型路地と交差します。

参考文献

*1
岡本哲志銀座を歩く江戸とモダンの歴史体験 学芸出版社2009
現代と向き合う路地
P.44 銀座グリーン97という緑色の外装のビルには、銀座通りから裏通りに抜ける短いⅠ型路地が設けられた…

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※1銀座(豊岩稲荷)130年以上前の銀座煉瓦街時代の名残。

銀座(豊岩稲荷)130年以上前の銀座煉瓦街時代の名残。

銀座七丁目に130年以上も前の煉瓦街建設のときにできた、最も銀座らしい路地空間がいまも健在です。*1

この路地は、煉瓦街建設のときにつくられたI型路地で、銀座通りや裏通りに面する通用口として機能し続けてきました。Ⅰ型路地を進むと、朱色に塗られビルの壁のところに豊岩稲荷があります。この稲荷は古くから水商売の人たちの信仰されてきました。*1

お稲荷さん。お供え物の油揚げは豊富です。

江戸時代初期からある稲荷神社です。

参考文献

*1
岡本哲志銀座を歩く江戸とモダンの歴史体験 学芸出版社2009
路地裏の濃密な空気を感じて
P.40 130年以上も前の煉瓦街建設でできた、最も銀座らしい路地空間が銀座七丁目にいまだ健在である。この…

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銀座(路地の中の自動ドア)通り抜けできます。

銀座(三愛ビル)1963年開業の銀座のランドマーク。

1963年開業の三愛ドリームセンターは、現在も銀座のランドマークとして君臨しています。

2階の喫茶店の窓際席からは、銀座の景色を楽しめます。

3階のビルからは下着姿の女性が交差点を見下ろしています。

2階の喫茶店からの眺める銀座の風景。

参考文献

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銀座(出世地蔵尊)昭和27年のキャバレー「美松」の火事で移転。

銀座三越の屋上。

中央がお堂。左側に石像があります。

お地蔵さんは、現在の三越の裏手にあたる空地にあって、人々の信仰の対象になっていましたが、戦後になると、お地蔵さんは、キャバレー「美松」※1 の中庭につくられた祠に安置されました。ところが、昭和27年の秋に「美松」が火事に遭い、お地蔵さんは行き場をなくしました。昭和43年になってやっと安住の地を三越屋上に得ることができました。*1

お堂の中には、小さなお地蔵さん。

参考文献

*1
枝川公一銀座四丁目交差点二見書房2000
P.232-P.239 銀座三越の屋上には、見逃すことのできない歴史が「鎮座」している。銀座出世地蔵。これこそ…

参考記事

※1銀座(キャバレー美松跡地)現在の三越百貨店新館がある場所。

銀座(キャバレー美松跡地)現在の三越百貨店新館がある場所。

現在の三越百貨店新館がある場所には、かつて大型キャバレーの「美松」がありました。

昭和15年(1940年)、まだキャバレーという言葉がなかった時代(当時はカフェーと呼ばれていた。)に、大阪で「赤玉」などをやって当てた榎本正・明三兄弟が、女給が何百人もいるような「銀座会館」「美松」などの店をつくり、東京中を席巻しました。*1*2

戦後も1946年に営業を再開し、戦後を象徴する名門キャバレーとなりました。

昭和37年、保証金の高騰を理由に突然閉鎖。その後、三越に売却されました。

参考文献

*1
福富太郎昭和キャバレー秘史河出書房新社1994
東京のカフェーもエロ・サービス
P.47 関東大震災から昭和5年ころまでは、キャバレーという言葉はまだなく、すべてカフェーと呼ばれてい…
*2
福富太郎昭和キャバレー秘史河出書房新社1994
キャバレー史年表
1940年 3月 キャバレー「美松」(榎本正。銀座三越裏)開店 1945年 8月28日 進駐軍特殊慰安施設協会…

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