今回は、千葉(千葉県千葉市)の町並みを散歩します。
千葉都市モノレール栄町駅(写真左)の階段前に、7階建ての城郭のビル(写真右奥)があります。

1階部分には、石垣のデザイン。

「英国館」は、現在は閉店中です。

玄関付近。

今回は、千葉(千葉県千葉市)の町並みを散歩します。
千葉都市モノレール栄町駅(写真左)の階段前に、7階建ての城郭のビル(写真右奥)があります。

1階部分には、石垣のデザイン。

「英国館」は、現在は閉店中です。

玄関付近。

上野、アメ横の中心部のY字路に建つ「アメ横センタービル」。
当時の国鉄が東北、上越の新幹線実施計画に伴って、変電所が移転となり、その空き場所に建設されたものです。*1

地下1階は、アジア各国の食材が並ぶ食品街になっています。

中国語が飛び交う、まるで異国のような場所です。

魚の名前は解りませんが、大きな鯛のような魚が1匹600円で売られていました。

上野四丁目に位置する通称“アメ横”は、上野駅と御徒町駅とを結ぶ高架線下500メートルの商店街とアメ横本通りをはさむ西側商店街の集合体です。*1

朝鮮戦争の頃、米兵がアメ横に横流し物資を持ち込んできたこをきっかけに、昭和32年頃になると、南京虫(腕時計)、ライカ(カメラ)、ロンソン・ライター、パーカー万年筆、すべて、アメ横にいったん入荷されて、それから国内の各地に卸されてから市販されました。*2

その後、アメ横は、“舶来の殿堂”などと看板を掲げて外国製品のメッカとなりました。*2

アメ横は、大量に現金で仕入れ、国内に卸す問屋であると同時に、小売り店でもあるというところに、市価より常に3~4割が安く販売することができました。

今回は、上野(東京都台東区)の町並みを散歩します。
上野の動物園通り脇の細い道を入った奥にあるオオクラ劇場(写真奥は不忍池)。

以前は道路に面した場所※1 にありましたが、現在はこの場所に移転しています。

この日は、午後3時から舞台挨拶が予定されています。

2階の特選劇場はオールナイト(朝4時半まで)営業です。

西池袋に建つロサ会館は、昭和43年に竣工した娯楽ビルです。*1

ロサはスペイン語で「薔薇」という意味です。*1

開業当初、1階にゲームセンター、5階までほぼ飲食店で埋まり、6階と7階に池袋ロサボウルが運営されました。*1

開業当時、四階以下は亀甲型のアルキャストパネルを使用し、ゴールド・シルバー・アイボリー系を主調とし、娯楽センターにふさわしい派手さと豪華さを表現しました。その後、1989年、ロサンゼルスのピンク色の建物に感銘を受けた現社長の伊部季顕が、ピンク色に染めようと発想し、現在に至っています。*1

西池袋一丁目に、10年以上前に区画整理された後、再開発が進まず駐車場となっている一画があります。

駐車場の脇や隣接するビルの壁面は格好の広告看板の設置場所です。

看板の裏側。

別のビルの広告看板。

池袋駅北口前の2階に珈琲「伯爵」が入るビル。

地下1階に24時間営業の居酒屋があります。3杯券、5杯券など、とにかく飲み物が安いのが特徴です。

えだまめ250円など、つまみも安価です。

食券を買って、それにテーブル番号を書いて注文カウンターへ持っていくのがルールです。
ホッピーセットと枝豆、そして、人気メニューのかけそば(200円)を頂きました。

池袋駅北口を出て通り沿いにある地得ビル。

1階にある老舗映画館の「シネロマン池袋」。

都内では数少なくなった、成人映画館です。

映画館の入口。

今回は、池袋(東京都豊島区)の町並みを散歩します。
池袋駅西口広場に広がっていたヤミ市は、徐々に規模を狭めながらも昭和38年まで生き残っていました。昭和38年にマーケットが撤去される前年(昭和37年)に開業した食堂会館「のとや」のビルが現在も残っていあます。(写真左側のビル)*1

翌昭和38年、マーケットは撤去され、食堂会館が西口広場の奥に輝くように建っていました。*1

このあたりに、「食堂会館のとや」の看板が掲げられていました。*1

現在も残る「のとや」の文字。

浅草橋駅北側の路地。閑静な住宅街です。

老舗の女装サロン「エリザベス」。

ビルの外観。

営業中の看板。
