名寄(松葉屋食堂)元祖札幌ラーメン。

宗谷本線の風連駅から約300m。名寄市風連町仲町にある松葉屋食堂。

元祖札幌ラーメンの認定証。

ラーメンの種類は豊富です。

チャーシューラーメンを注文。

参考文献

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名寄(どんぐり小路)古い商店街に残るトタン建築。

名寄市西3条南6丁目。現在も市街の中心部で、その中には古い商店街が残っています。

「どんぐり小路」。1階には居酒屋などの飲食店が入っています。

建物の裏側。屋根裏部屋もあり、一部は3階建てです。

大規模なトタン建築です。

参考文献

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名寄(スナック店)有楽センターの向かい側。

名寄の有楽センター※1 の向かい側には、スナック店が建ち並んでいます。

一軒屋の建物の1階がスナックです。

木造の建物。

南側に西側へ入ったところにあるスナック。

名寄(有楽センター)かつての花街に建つ飲食ビル。

名寄のかつての花街だった場所(現在の西4条南5丁目付近)の南北の通りは、「錦通り」と命名されています。

錦通りに建つ飲食ビルの「遊楽センター」

1階が店舗。2階が居住スペースです。

夜の様子。

参考文献

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名寄(スナック店)有楽センターの向かい側。

名寄(花街跡地)現在のグランドホテル藤花付近。

明治36年には、名寄には、りっぱな料烹街が名劇(現在のグランドホテル藤花、写真左奥)付近に出現していました。創設者は、その後の割烹「むらさき」の初代村崎久治と名劇先々代の沢井仁十郎で、所有していた旭川の遊廓街を売り払い、遊廓街の建設を目的に名寄に乗り込んできました。*1
割烹「むらさき」は、写真の右手前の道を入ったところにありました。*2

ところが、当時、遊廓街から遊廓街まで二十里以上なければならないという法律があり、遊廓街の建設計画はオジャンになり、料烹街になり、桜木町と命名されました。*1

当時4条通りには、川が流れていて、付近には、カマメシの天豊、料亭の平、北見屋、端、むらさき、清野、丸吉、花菱、丸福、などがありました。*3*4

検番(のちの芦口商店の場所)があったあたり。*2*3

参考文献

*1
名寄新聞社*なよろ百話名寄新聞社1967
桜木町
P.31 桜木町は、一夜にしてでき上った...といのはオーバーだが、そんな調子ででき上った私設市街であった…
*2
市立名寄図書館*名寄歴史地図史料集市立名寄図書館1990
名寄市市街案内図 昭和33年
・西五条の通りの北側に、「名寄劇場」「名寄横丁」の記載 ・その1本南側の通りに、「芦口商店」の記載…
*3
名寄新聞社*なよろ百話名寄新聞社1967
桜木町散歩
P.37 当時4条通りには、川が流れていた。橋を渡ると桜木町。いまの名劇(現在のグランドホテル藤花)前…
*4
東京交通社大日本職業別明細図 第385號 北海道東京交通社1934
名寄町市街図
割烹「かねとら」「福の家」「清野」「花菱」の記載。

参考記事

名寄(おでん屋「ふなちゃん」)。駅前から西に2本目の通り。

今回は、名寄(北海道名寄市)の町並みを散歩します。
JR宗谷本線名寄駅前。駅前から西に2本目の通り(西1条)を入ったところ。

隣の美容室の建物に寄り添うようにして、ラーメン屋の建物が建っています。地図によると、「ふなちゃん」という屋号の店のようです。この日は暖簾は出ていませんでした。

看板には、「ラーメン、おでん」と書かれています。

北海道らしさが残る煙突のあるトタン屋根の木造建築です。

参考文献

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帯広(「紀の川楼」跡地)木賊原遊廓。西7条本通り北四丁目付近。

西7条本通り北四丁目付近は、廓への通りでした。*1

紀の川楼があったあたり。*2 のちに国鉄寮となりました。*1
昭和30年頃と思われる住宅地図*3 には、「鉄輪荘」の記載があります。

日の出楼があったあたり(写真右側)。*2

新盛楼、笹島本店、いろは楼、開盛楼と並んでいた(写真左側)通り。*2

参考文献

*1
花垣有介郷土史秘話(第一回)木賊原遊廓盛衰記月刊十勝ジャーナル 報道解説評論十勝ジャーナル社1973.7
P.46 帯広の開拓当初は、天候にも著しい変化のある土地の労働は、開拓者にとって長続きはせず、ある意味、…
*2
小野善也廓ばなしあれこれ 木賊原遊廓について郷土十勝 通巻第13号帯広市教育委員会1978
P.2 木賊原遊廓は、いまの西5条から西7条にかけての北4丁目にあった。 当時の位置関係は次のようにな…
*3
帯広広告社帯広市大観帯広広告社
P.20 西五条に、「保健所寮」、西六条に「鉄輪荘」の記載。

参考記事

帯広(駆梅院跡地)木賊原遊廓。西6条北3丁目の遊園地。

木賊原遊廓は、いまの西5条から西7条にかけての北4丁目にありました。*1

北3丁目線に面して東から西に大正楼、一心楼、日の出楼、と並び、その北側小路を挟んで、新盛楼、笹島本店、いろは楼、開盛楼と東から西に並んでいました。*1

西6条北3丁目の遊園地になっているところには駆梅院がありました。*1

その後帯広保健所寮になっていたが、いまはありません。*1

参考文献

*1
小野善也廓ばなしあれこれ 木賊原遊廓について郷土十勝 通巻第13号帯広市教育委員会1978
P.2 木賊原遊廓は、いまの西5条から西7条にかけての北4丁目にあった。 当時の位置関係は次のようにな…

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帯広(元祖豚丼の店)鰻丼にヒントを得たのがはじまり

今回は、帯広(北海道帯広市)の町並みを散歩します。
帯広駅前にある豚丼専門店の「ぱんちょう」。元祖豚丼の店として知られています。*1

ばんちょうは、中国語で飯屋の意味。鰻丼。鰻のように甘辛いタレにヒントを得て、「ぱんちょう」の主人が思いついたのが豚丼のはじまりだそうです。*1

店の建物の壁面には、古い市街図。

豚肉8枚のせ、ごはん大盛を注文。満足のボリュームでした。

参考文献

*1
飯窪敏彦うちらのソウルフード(第3回)帯広の豚丼Tashinami(18):2013.Spr 文藝春秋2013
元祖豚丼のぱんちょう ばんちょうは、中国語で飯屋の意味。帯広豚丼はこの店から始まった。丼のふたを取…

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札幌(老舗ラーメン店)創業は昭和28年。サッポロ西山ラーメン。

すすきのの交差点(札幌市中央区南5条西5丁目)にある老舗ラーメン店。

創業は昭和28年です。
東宝後楽(映画館)横で、多くの屋台ラーメン屋と並んでいた頃から営業しています。*1

暖簾には、「サッポロ西山ラーメン」の文字。

醤油ラーメンと缶ビールを注文。

参考文献

*1
北海道新聞社これが札幌ラーメンだ北海道新聞社1994.10
芳蘭
P.45 尻のポケットに手をやるとサイフが無い。シマった。劇場でスラれた。名刺を渡そうとしたが、主人ら…

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