全国>北海道>帯広市>西6条北4丁目>/

帯広(「紀の川楼」跡地)木賊原遊廓。西7条本通り北四丁目付近。

西7条本通り北四丁目付近は、廓への通りでした。*1

紀の川楼があったあたり。*2 のちに国鉄寮となりました。*1
昭和30年頃と思われる住宅地図*3 には、「鉄輪荘」の記載があります。

日の出楼があったあたり(写真右側)。*2

新盛楼、笹島本店、いろは楼、開盛楼と並んでいた(写真左側)通り。*2

参考文献

*1
花垣有介郷土史秘話(第一回)木賊原遊廓盛衰記月刊十勝ジャーナル 報道解説評論十勝ジャーナル社1973.7
P.46 帯広の開拓当初は、天候にも著しい変化のある土地の労働は、開拓者にとって長続きはせず、ある意味、…
*2
小野善也廓ばなしあれこれ 木賊原遊廓について郷土十勝 通巻第13号帯広市教育委員会1978
P.2 木賊原遊廓は、いまの西5条から西7条にかけての北4丁目にあった。 当時の位置関係は次のようにな…
*3
帯広広告社帯広市大観帯広広告社
P.20 西五条に、「保健所寮」、西六条に「鉄輪荘」の記載。

参考記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です