桜ノ宮(桜ノ宮公園)リバーサイドホテル。

今回は、桜ノ宮(大阪市都島区)の町並みと風俗を散歩します。
桜ノ宮公園は、明治18年の大洪水の後、整備された河川公園で、この地は、昔から桜の名所として知られていました。

公園の南側に位置する桜ノ宮橋。かつては銀橋と呼ばれていました。
戦後いち早く(昭和20年代半ば)、銀橋の近くに連れ込みホテルが建ち始めました。最初は木造ホテルで、最も有名だった「銀橋ホテル」は、木造二階建て、全室タイル風呂、テレビ付きでデビューしました。場所は、「桜宮ホテル」、「銀橋御苑」とともに、橋の下流にありました。*1

国道1号線沿いのラブホテルは、やがて北のエリアに進出し、西日本一のラブホテル街が形成されました。*1

大川の対岸から見ると、桜ノ宮公園の向こう側にラブホテル群が見えます。まさに、リバーサイドホテル*2 です。

桜ノ宮のホテルの歴史は、「さかのぼれば太閤秀吉の時代の夜鷹にはじまる。」という説もあります。秀吉が大阪城を築く際に全国からたいへんな数の労働者が動員され、その男たちを慰めたのが桜ノ宮付近にたむろしていた夜鷹だったわけです。*1
明治になると、対岸に造幣局がつくられ、その中に見事な桜並木が植えられて、年に一度、桜の季節になると一般公開されるようになり、一段と発達しました。造幣局の「通り抜け」は、大阪庶民の春の一大イベントとなり、対岸には料理屋や連れ込み宿などができました。*2
【参考文献】
*1 近藤利三郎:なつかしの関西ラブホテル60年裏のうらのウラ話(レベル,2006)P.22-P.25
*2 中沢新一:大坂アースダイバー(講談社,2012)P.200

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今市(日光珈琲)明治時代に建てられた遊廓の建物。

報徳二宮神社近く、「玉藻小路」と名前のついた小さな長屋の一角。

喫茶店の「日光珈琲」があります。

店舗は明治時代に建てられ、増改築を繰り返し、一時は遊廓としても使われていました。*1

名物のスープカレーを頂きました。

【参考文献】
*1 下野新聞社: とちぎのまち歩き~ほんのりカフェ時間~(下野新聞社,2009)P.44-P.45

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今市(瀧尾神社の燈籠)今市遊廓の関係者が寄進した燈籠。

東武日光線の上今市駅近くに、瀧尾神社歩道橋があります。道路標識には、「 日光まで7Km」と書かれており、この先から日光街道杉並木(写真右奥)が始まります。

文化財の石鳥居。

境内の奥まったところに、今市遊廓(新地)の関係者が寄進した燈籠があります。*1

新地一同と刻まれています。

【参考文献】
*1 今市史談会:今市史談第11号(今市史談会)P.66-P.71

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今市(今市遊廓跡地)上今市駅の東方。新地通り。

遊廓のある新開地が朝日町にあって俗に新地と呼ばれていました。現在の東武鉄道上今市駅の東方にあたります。大正11年の「今市絵図」によると春日町今市営林署(現在の広域行政センター)の筋向かいから浄泉寺の下を経て北に延び新地に至る道が画かれているのが新地通りでした。*1
明治40年の「栃木県営業便覧」にも瀧尾神社の東側一本目の道路に「新地通り」の記述があります。*2

新地通りを進むと、東武鉄道の踏切です。

「今市絵図」*2 に、大正期の新地が描かれていますが、この絵図によると、堀に囲まれ新地の周囲は、田畑が広がっていました。

大正4年の国土地理院の地形図*3 には、堀に囲まれ建物が点在する一画が描かれています。

【参考文献】
*1 渡辺武雄:今市の懐旧(渡辺武雄,1991)P.106-P.108
*2 今市市歴史民俗資料館:今市の移り変わり(今市市歴史民俗資料館,1985)P.11-P.12,P.18-P.49
*3 大日本帝國陸地測量部:1/25,000地形図「今市」(大日本帝國陸地測量部,1915)

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今市(旅館の看板)今市市駅前の商店街。休憩もOKの旅館。

今回は、今市(栃木県日光市)の町並みと風俗を散歩します。

今市市駅前の商店街に、旅館の看板に従って路地を入ると老舗旅館日光屋があります。
昭和30年当時、今市市内には、芸妓置屋の梅松の家、山陽家、新春の家、年寿々本、年都、春の家、文春の家などがあり、当時の旅館としては、木村屋、つたや、あたみ館、日光屋、村上屋、本多屋、白川屋、からかさ屋、かどや、福田屋、日の出屋などがありました。*1

今市市駅近くの通り。

旅館の看板がありますが、近くに旅館はありません。休憩もOKの旅館だったようです。

【参考文献】
*1 渡辺武雄:今市の懐旧(渡辺武雄,1991)P.84

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鬼怒川温泉(秘宝殿)鬼怒川お竜。坂東武者出征前夜。

鬼怒川秘宝殿は、純和風の秘宝館です。TBSのテレビ番組「別冊アサ秘ジャーナル」で紹介されました。館内は、撮影OKです。

入口正面の展示品の「鬼怒川お竜」。藤純子演じるお竜を参考にして制作されたものと思われます。*1

「坂東武者出征前夜」。戦におもむく前夜。坂東武者夫婦が別れを惜しむ姿を具現化したものです。*1

豊臣秀吉の5P。*1

【参考文献】
*1 酒井竜次:I love秘宝館(八画,2009)P.72-P.81

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鬼怒川温泉(鬼怒川秘宝殿)ゲームコーナーが併設。龍王峡駅から徒歩3分。

東武鉄道鬼怒川温泉駅から3駅の龍王峡駅から徒歩3分のところに、鬼怒川秘宝館がありあります。

秘宝館には、大人の売店とゲームコーナーが併設されています。

大人の売店とゲームコーナーは無料です。
大人のUFOキャッチャー。

「鬼怒川モンロー」。

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鬼怒川温泉(ブロンズ像)くろがね橋。箱根・彫刻の森公園にも展示されている作品。

鬼怒川温泉のくろがね橋。温泉街の中心部です。

彫刻家の峯孝の代表作「プリマベラ(春)」(1972年)のブロンズ像があります。

箱根・彫刻の森公園にも展示されている作品です。

下から見上げてみました。

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鬼怒川温泉(花の町)道路の幅が広くなった一画。1階がタバコ屋さん。

「全国女性街ガイド」*1によると、鬼怒川温泉には、花の町に16軒の赤線がありました。
現在も「花の町」という地名が存在し、道路の幅が広くなった一画があります。

1階がタバコ屋さんになっている建物。

飲み屋だったと思われる建物。

花の町。

【参考文献】
*1 渡辺寛:全国女性街・ガイド(季節風書店,1955)P.103

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鬼怒川温泉(京町)かつては、スナックなどの飲食店舗が密集。古い住宅地図。

京町の付近に掲示されてた住宅地図を見ると、かつては、スナックなどの飲食店舗が密集していたようです。

現在の京町は、歓楽街的な雰囲気はありません。カラオケスナックが1店舗だけあります。

「松葉」という屋号の店舗があったあたり。

この付近には、料理屋などがあったのかもしれません。

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