堺(旅館ときわ)栄橋遊廓の事務所があったあたり。

新地内のこの付近には、栄橋遊廓の事務所がありました。*1

かつての栄橋遊廓の事務所があったあたりに、古い旅館があります。

周囲は近代的なビルに建て代わっている中で、この旅館は昔のままです。

艶っぽい窓です。

【参考文献】
*1 今井清治郎:堺市實測地圖 訂正3版(文岳堂編輯部,1912)

参考文献

参考記事

堺(新地内の旅館)美しい水色のタイルで装飾。現在は住宅街。

かつて遊廓があった新地は、現在は住宅街となっていてその面影はありません。

レトロな旅館があります。
このあたりには、龍神遊廓の事務所がありました。*1

玄関は、美しい水色のタイルで装飾されています。

「いずみ荘」の看板。

【参考文献】
*1 今井清治郎:堺市實測地圖 訂正3版(文岳堂編輯部,1912)

参考文献

参考記事

堺(新地)龍龍遊廓と栄橋遊廓。新地の東側には、栄橋と龍神橋。

天保年間(1830年~1843年)、戎島(現在のイトーヨーカド周辺)の南に水路を隔てて新しい埋立地ができ、ここに茶屋などが続々と集まって俗に新地と呼ばれるようになりました。

新地の東側には、栄橋と龍神橋の二つの橋がかかっています。

新地は地の利を得て次第に発展し、遂に龍龍遊廓と栄橋遊廓となりました。*1

龍龍遊廓は貸座敷108軒、芸妓395名、娼婦20名。栄橋遊廓は60軒、娼婦654名。府下でも有数の遊廓となりました。*1

【参考文献】
*1 松本壮吉:堺あれこれ(堺商工会議所,1972)P.84

参考文献

参考記事

堺(乳守遊廓跡地)山ノ口橋の袂にありました。

今回は、堺(大阪府堺市)の町並みと風俗を散歩します。
堺は、堀で囲まれた町です。戦国時代に築かれた環濠は、自治都市堺の象徴でもありました。

町の南端の堀に山ノ口橋があります。この橋の袂には、かつて、乳守遊廓がありました。

室町時代より、町の北側には高須遊廓がありましたが、これに対抗して町の南側にできたのが乳守遊廓でした。元禄8年には高須は15軒の遊女屋に97人の遊女がいましたが、乳守の方には、24軒に167人の遊女がいました。*1

乳守遊廓事務所があった付近。

【参考文献】
*1 松本壮吉:堺あれこれ(堺商工会議所,1972)P.60,P.84

参考文献

参考記事

港陽園(港陽三丁目の民家)四葉のクローバー。趣きのあるブロック塀。

港陽三丁目の民家。趣きのあるブロック塀です。

穴あきブロックが規則正しく配列されています。

2個づつ上下反転させて組み合わせることにより、四葉のクローバーのような模様を演出しています。

穴あきブロックの部分を避けて、ペイントがされています。

参考文献

参考記事

港陽園(スナックの建物)隣り合う入り口。

港陽3丁目付近はマンションが建ち並ぶ住宅地です。

1軒だけ、周囲と趣きを異にするアパート風の建物があります。

1階にはスナック。2階部分はタイルで装飾されています。

洋風の入口と和風の入口が隣り合って並んでいます。

参考文献

参考記事

港陽園(かもめアパート)名古屋港近くにあった赤線跡。

その名が示すとおり、名古屋港に近い港区にあった「港陽園」。全国女性街ガイドによれば「戦前の稲永遊廓がちょっと移転したもので47軒に220名」の規模でした。「港新世界商店街」の看板のあるロータリーに、「かもめアパート(旧かもめ)」があります。

「かもめアパート」の名前が残る看板。

暖色系のタイルが鮮やかです。

現在もアパートとして利用されています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.100-P.101

参考文献

参考記事

港陽園(港新世界商店街)看板だけが残っています。

今回は、港陽園(名古屋市港区)の町並みと風俗を散歩します。
地下鉄名城線の築地口駅を下車し、しばらく行くと「港新世界商店街」のアーチが見えてきます。*1

商店街といっても、商店らしい町並みはほとんど残っていません。

しばらく行くとロータリーがある場所に行きつきます。

「港新世界商店街」と書かれた大きな看板だけが残っています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く2(自由国民社,2002)P.100-P.101

参考文献

参考記事

岐阜(イトシン湯)肌にやさしい「軟水風呂」

岐阜市日ノ本町に銭湯のイトシン湯があります。鉄筋コンクリートの建物です。

1階は駐車場になっていて、この階段を登った2階が銭湯です。肌にやさしい「軟水風呂」です。

浴場入口の看板。

脱衣場は広々としています。

参考文献

参考記事

岐阜(芸文ダンスホール跡)現在はイタリア料理店。

名鉄岐阜駅に近い羽根町に、75年前から当時の姿で今現在も存在している建物があります。

芸文ダンスホール。建物全体が白いタイルで覆われています。

現在は、イタリア料理店*1 となっています。

建物側面の通用口。

【参考URL】
*1 イタリア料理「Ristorante BucaLupo」:ホームページ

参考文献

参考記事