今回は、種市(岩手県九戸郡洋野町)の町並みと風俗を散歩します。
JR八戸線種市駅で下車します。

種市(たねいち)は、岩手県の最北端に位置する、太平洋に面していた町です。

種市駅前。タクシーが留まっているだけの平凡な駅前ロータリーです。

八戸駅-久慈駅間の列車は、1日9往復です。

今回は、種市(岩手県九戸郡洋野町)の町並みと風俗を散歩します。
JR八戸線種市駅で下車します。

種市(たねいち)は、岩手県の最北端に位置する、太平洋に面していた町です。

種市駅前。タクシーが留まっているだけの平凡な駅前ロータリーです。

八戸駅-久慈駅間の列車は、1日9往復です。

湊橋近くに、「赤線跡を歩く完結編」*1 に写真が掲載されている自転車屋さんがあります。

モダンなデザインの建物です。

木製のドア。

2階部分には、モダンな装飾が施されています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く 続々・消えゆく夢の街を訪ねて 完結編(自由国民社,2007)P.51
小中野の隣の陸奥湊駅で下車し、新井田川沿いを散歩します。川沿いにホテルがあります。

その名も「ホテルリバーサイド」。残念ながら廃業していました。

裏口へ回ると、「カーホテル」と書かれています。懐かしい響きです。

各部屋の入口には、世界各国の都市名が書かれています。手前から、京都、モンテカルロ、ベニス、グルノーブル、サンフランシスコ、ヴェルサイユと部屋が並んでいます。

小中野の町並みを散歩していると、古いスナックの建物に出会いました。

入口の凝ったデザイン。

1つの建物に何軒かのスナックが入っている長屋の建物です。

側面はオレンジ色です。

新陸奥旅館の玄関に入ると目の前にY字型に分かれる階段があります。

2階の部屋と部屋を結ぶ空中廊下。

大広間。

部屋には、大福帳と貸座敷遊客名簿。貴重な資料です。
貸座敷遊客名簿には、客に身体的特徴、衣服、相手をした遊女の名前、遊興費などが克明に記録されています。*1

【参考文献】
*1 rakra(2008.1)
八戸駅から2駅隣の小中野駅から徒歩10分ほどの場所に東北屈指の歓楽街と言われた小中野新地がありました。

新むつ旅館は、明治30年、貸座敷「新陸奥楼」として開業しました。ただの遊廓ではなく、20畳の宴会場と5つの部屋があり、芸者2人、遊女3人を抱え、芸者遊びが出来る遊廓でした。昭和32年の売春防止法施行後は、建物をそのまま生かし旅館として時を刻んできました。*1

同じ通りを北側から見たところ。

昭和のはじめに建てられたと思われる旅館。

【参考文献】
*1 rakra(2008.1)
今回は、八戸(青森県八戸市)の町並みと風俗を散歩します。
新幹線の駅がある八戸駅からJR八戸線に乗り、2駅目の本八戸駅で下車します。
本八戸駅前にあるスリップ劇場。ストリップ劇場にしてはめずらしく派手な装飾のない建物です。

雰囲気のあるブリキの塀。

入口のゲートには、小沢代表のポスタ。

入口附近。

毎年8月の最終土曜日に浅草サンバカーニバルが開催されます。パレードは、馬道通りから雷門通りにかけて行われます。
浅草サンバカーニバルは、1980年、俳優の伴淳三郎さんの発案で始まりました。*1

今年は、あいにくの雨(時々豪雨)の中でのパレードとなりました。

パシスタと呼ばれるパレードの中のソロダンサー。どこのチームも魅力的です。

タンガと呼ばれる衣装で、背中にたくさん羽を背負っています。

【参考URL】
*1 浅草エスコーラ・ヂ・サンバ協会(AESA)ホームページ
花やしきから、北へ、ひさご通りに入ります。ひさご通りの中程、米久のあるあたりに看板があります。

近くにラブホテルがあるので、「街娼」が出没するのも納得できます。
この附近には、明治~大正時代、十二階(凌雲閣)があり、十二階の周辺は、「十二階下」と呼ばる魔窟でしたが、現在もこの伝統が受け継がれているのかもしれません。

ひさご通りの入口附近に、もう一つの看板があります。文言はほとんど同じですが、一箇所だけ、「街娼」が「娼婦」という言葉に置き換わっています。

よく見ると「娼婦」の隣に、誰が書いのか「男」の文字。

浅草観音温泉に入ってみます。
銭湯は、男湯と女湯の入口が分かれているのが普通ですが、ここの銭湯の入口は一つです。ロッカーがたくさん並ぶ廊下を過ぎるとその先で、男湯と女湯の入口があります。

バンビの乗り物があります。しかし、横には、「バンビさんは動きません。」の貼紙。

脱衣所にある「マナーのお願い」の貼紙。

コンクリート造りで、天井が高いのが印象的です。天井は緑色、柱は赤色に塗られています。中央に円形のタイル張りの湯船があり、タイルで人魚の姿が描かれています。
