国府台(野菊の墓文学碑)「政夫が民子を待った大きな銀杏の樹」の場所。

北総線矢切駅から徒歩10ほどの場所に、伊藤左千夫の小説「野菊の墓」の文学碑が建てられています。

伊藤左千夫は、農家の四男として生まれ、明治法律学校(明治大学の前身)を眼疾のため退学帰郷。再び上京して、二十五才のときに牛乳搾取業を開業し、その後、正岡子規に師事しました。そのときに詠んだ歌
 牛飼いが歌よむ時に世の中の新しき歌大いに起こる
(身分が高くもなく雅な職業でもない牛飼い(牛乳搾取業を営む自分)が歌を詠むような世の中には、新しい歌がたくさん生まれる)には、左千夫の和歌に対する気概がこめられています。左千夫は、和歌のほか、歌論、新体詞、写生文、小説等があり、「野菊の墓」は、伊藤左千夫の処女作の小説です。*1

文学碑の前面には、「野菊の墓」*2 の一節が刻まれています。(物語のはじめ、3ヵ所の抜粋)

碑の裏面*1 によると、「政夫が民子を待った大きな銀杏の樹」は、この文学碑があった場所だそうです。

参考文献

*1
野菊の墓文学碑 裏面碑文

伊藤左千夫の略歴
元治元年1864 8月18日千葉県山武郡成東町殿台に生れた。本…

*2
青空文庫青空文庫青空文庫 リンク
伊藤左千夫野菊の墓 リンク

 僕の家というのは、松戸から二里ばかり下って、矢切やぎり…

参考記事

国府台(陸軍の石柱)「陸軍」の文字が刻まれています。

里見公園の北側から江戸川へ下る道の途中。

ガードレールの脇に石柱が1本、建っています。

草むらの中の四角柱の石柱。

石柱は風化していますが、「陸軍」の文字が刻まれています。
国府台は、陸軍で発展した町です。
1886年(明治18年)、東京から陸軍教導団が市川市国府台に移転し、その後、歩兵大隊が移転しました。*1
「市川市国府台における砲兵隊・工作隊の記録」*2 に、「里見公園の裏門を出て約500メートル歩くと、下り坂があって江戸川ぞいの道と合流する。坂を下る手前左の台地に、陸軍の用地を示す石柱が一本ある。」との記述がありますが、この石柱のことかもしれません。

参考文献

*1
武井順一市川市国府台における砲兵隊・工作隊の記録武井順一1997.1
砲兵隊・工兵隊の記録

P.1
1886年(明治18年)、東京から陸軍教導団が市川市国府台に移転し、市川…

*2
武井順一市川市国府台における砲兵隊・工作隊の記録武井順一1997.1
国府台周辺の軍事施設今昔

P.24
⑩高射砲の台座跡 国府台四丁目
里見公園の裏門を出て約500メートル…

参考記事

国府台(朝日湯)ビルの谷間の奥の銭湯。油田型の煙突。

国府台駅から松戸街道を市川駅方面へ向かって進むと、道路沿いに朝日湯の看板があります。

ビルの谷間の奥に銭湯の入口があります。

油田型の煙突。

銭湯脇の路地。

参考文献

参考記事

国府台(割烹料亭跡地)国府台三業組合。大正道路。

「市川名鑑(1930年)」によると、国府台三業組合の割烹料亭は、大正通り(大正道路)、根本、国府台大観台下、などに散在していました。*1
大正道路:市柳別館、華の江、田浦、嬉し乃
大正通横入:一力

国府台三業組合の割烹料亭のうち、割烹「華の江」は、昭和30年代まで営業していました。*2

大正通りの電柱プレート。

割烹「華の江」があったあたり。

参考文献

*1
臼淵天鴻市川名鑑郷土社1930
国府台三業組合

P.218
国府台三業組合は、京成電車国府台停留場を中心とする附近一円の地、…

*2
日本都市協会市川市動態図鑑日本都市協会1961.8
11図~20図根本町、市川町、真間町、国府台町

13図
・市川二業組合

<…

参考記事

国府台(里見公園の案内板)江戸名所図会の「国府台断岸之図」。

今回は、国府台(千葉県市川市)の町並みを散歩します。
京成電鉄国府台駅に里見公園※1※2 の案内板があります。

江戸名所図会の「国府台断岸之図」*1 をアレンジしたものです。

南郭の漢詩は、江戸名所図会*1 に書かれているものと同じです。

「國府臺断岸之図」は、江戸名所図会の通りですが、その左側の説明文は、オリジナルの案内文です。

参考文献

*1
斎藤長秋江戸名所図会 二十天保5~7年刊 (須原屋伊八蔵版) の後刷博文館 リンク
国府台 断岸之図 リンク

総寧寺晩眺
荒城千仞(せんじん)没し
蕭寺(しょうじ)上方開く
山断…

参考記事

※1国府台(「鴻月」跡地)里見八景園の一事業。1976年まで営業。※2国府台(里見公園)大正末期から昭和初期にかけて「里見八景園」という遊園地。

日立(郷土博物館)日立鉱山と日立製作所の創業。

かみね公園のふもとにある日立市郷土博物館。
2階には、「日立鉱山と日立製作所の創業」に関する常設展示があります(写真は建設中の大煙突)。*1

「日立製作所の創業」の展示。
日立鉱山の電気機械修理工場が日立製作所のはじまりです(案内板より)。

家電品の展示。ほとんどが日立製作所製です。

1959年発売の洗濯機(SH-AT30)。洗濯容量は2Kg。絞り機は大型の圧力調整式で、薄物から厚物まで好適な絞りができるよう工夫されていました。*2

参考文献

*1
日立市郷土博物館日立市郷土博物館日立市郷土博物館 リンク
常設展 リンク

2階 日立の民俗と産業

*2
日立製作所日立評論日立評論社 リンク
1959年1月号 リンク
家庭用電気品 リンク

P.80-P.81
SH-AT30形撹拌式洗濯機
本機は従来の撹拌式を脱却し、捩れ羽根…

参考記事

日立(日立食堂)お食事の店。大雄院通り沿い。

日立駅から国道6号を北に行き、交差点を山側へ左折して大雄院通りを100mくらい行ったところにある「日立食堂」。

昭和の雰囲気漂う大衆食堂です。

ラーメン、そば・うどん、ご飯物、定食など、メニューは豊富です。

五目ワンタンメンとビールを注文。

参考文献

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この記事を参照している記事

日立(栄座跡地)かつては歓楽街、夜の街。日立煎餅。

日立(弁天町の飲食ビル)2階建ての防火帯建築。

日立市の弁天町バス停の西側。左側(南側)は空地になっていますが、右側(北側)は飲食店街のビルが連なっています。

2階建ての防火帯建築の飲食街。2階部分は、白い壁面で統一されています。

統一された長大な建物ですが、よく見ると3つの棟に分かれています。(写真は、中央と東側の建物の間)

白い壁面で統一されている建物表側と比べ、建物裏側(北側)は、増改築を繰り返している様子が見て取れます。

参考文献

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日立(福乃湯)ビル型の銭湯。日立駅西口前。

今回は、日立(茨城県日立市)の町並みを散歩します。
JR常磐線日立駅西口前のロータリー(写真左奥)の北側に、銭湯の福乃湯があります。

ビル型の銭湯。

2階3階はアパートになっていて、駐車場もあります。

入口を入ると男湯、女湯、左右に分かれます。

参考文献

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水戸(ミナミ食堂)昭和21年創業。主力はラーメン。

南町一丁目交差点の角にあるミナミ食堂。
創業は昭和21年だそうです。最近テレビ放映があって、お客様が急増したそうです。

テイクアウトもやっています。

主力はラーメンです。

タンメンとビールを注文。

参考文献

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